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 P1のプライベートパーキングで、ゼフィロウ総領事館用の単車にリジエ療養所を登録した。療養所はP1から距離がある。目立たぬよう単車を乗り出し、ところどころに止まっている治安部の車の脇を通り過ぎた。

 ハルタン庁舎付近の近代的な建物群から抜け出すと、穏やかな風景が目立ってくる。庭を持つ住宅、古い建物も残っている。薬の原料となる植物の栽培が行われているので、農業核ケペラのようにはいかないが、畑のような緑地もある。広々とした敷地を持つ研究所や実験棟も見られた。

 リジエ療養所は、幹線道路から外れた緑地の中にあった。単車を指定のエリアに止め、木々の間を歩くと、きれいに刈り込まれた芝の広場、その先に立派な外観の平屋建てがあった。石材や木材を多用した、時代を感じさせる建物だ。建物の中は薄暗かった。患者も、ナースも、医師も、どこかセピア色のする風景の中に溶け込んで、忘れられた時の中を生きているようだ。

「お忙しいところ、申し訳ありません。自殺したトゥヌ・クルヴィッツ氏のことをお聞きしたいのですが」

 受付のデスクで、マルトが貸してくれた身分証明チップ入りのカードを提示した。受付にいた女性がデスクの上の装置で確認する。

 通りがかったナースたちが立ち止まって、ちらちら私を見ている。

「ゼフィロウの方? しかも、総領事館からですか?」

「ええ。最近ハルタンでは自殺が多いそうで、ちょっとした報告を求められているのです」

「そうですか。トゥヌ・クルヴィッツさんを担当していたナースを呼びますわ。お待ちください」

 受付の女性はそう言って仕事に戻り、すぐに若いナースが生き生きとした足取りでやって来た。

「クルヴィッツさんのことをお知りになりたいというのは、あなたですか?」

「はい」

「こちらへどうぞ。使っていたお部屋から、亡くなった場所までご案内すればいいかしら? でも、お断りしておきますけれど、亡くなる前までいつもと変わりはなかったのに、突然のことでしたのよ。医療部から調べられましたが、当方のどこにも落ち度はなかったと、それは明らかになっています」

「わかっています」

 若いナースの後について療養所の廊下を歩きながら、私は答えた。

「それなら、結構ですわ。ご覧のように、こちらの施設は主に記憶を遠くに置き去りにしてしまったようなお年寄り向けのものなんです」

 廊下の先は芝生に面したテラスとなっていて、張り出した屋根の下に椅子が並べてある。明るい日ざしを程よく避けて、椅子に掛ける入所者の姿が見えた。

「静かな場所ですね」

「ほんとにね」

 ナースは肩をすくめて見せた。

「ここです。ここがクルヴィッツさんのお部屋でした」

 ナースがドアを開いた。空のベッド。扉を開け放した衣装ケース。故人をしのぶものは何も残されていない。

「高齢なために、すでに身寄りのない方もいらして……クルヴィッツさんもそういった方たちの一人でした。あの椅子に座っていた人たちをご覧になったでしょう? 訪ねる人もなく、クルヴィッツさんも、あんな様子で一日を過ごしていました。亡くなってからですわ、報道の方でにぎやかになったのは」

「やって来たのは、報道関係者ばかり?」

「ええ……ああ、そうだわ、昨日三十代ぐらいの女性が見えたわ」

「三十代ぐらいの女性?」

「そう、室内装飾のデザイナーで、仕事柄いろいろな医療施設を見て回っているのだと言っていたけど……施設を見るより、クルヴィッツさんのことばかり聞いていたわ」

「何か気になることでもあったのでしょうか?」

「さあ。どんなふうに亡くなったのか、亡くなる前に変わったことはなかったのか、ひょっとして誰かがクルヴィッツさんを訪ねて来なかったか聞いたのよ」

 ナースはじっと私を見た。

「どなたかクルヴィッツさんを訪ねたんですね?」

 私は用心深く聞いた。

「彼女にも言ったけど、ええ、その通りよ。若い十七くらいの男の子なの。とてもきれいな子だったわ。クルヴィッツさんが医師をしていた時に祖母がお世話になったのだと、それで、偶然ここに入所していることを聞いて、一言お礼が言いたくて来たと言っていたわ」

「そして、その日にクルヴィッツ氏が亡くなった」

「よしてよ。そんなことをする子には見えなかった。きれいな花束とお菓子を持って来て、ほんの少し話をしただけで帰ってしまったの。そりゃあ、そうでしょ、クルヴィッツさんは昔のことは何を言ってもわからないんだから。もちろん、今のこともね。でも、その日、夕食を運んだ時に……クルヴィッツさんは首をつっていたの。そんなことができるなんて、ごめんなさい、こんな言い方は失礼だけど、そこまでの意志が残っていたなんて思えないのに……もらった花は私が花瓶に生けたけれど、お菓子は手つかずのままだったわ」

「なるほど。それで、それを聞いた女性はどんな様子でしたか?」

「それが変なのよ。来たときは青ざめて不安そうだったのに、私の話を聞き終わった頃には、ほっとしたような感じだったの。おかしいでしょう、自殺した人の話を聞いて、何というか……ほっとするなんて?」

「そうですね」

 私は腕を組んだ。


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