81
ジョンがガレージから単車を出した。ジョンの後ろに乗る。
「ジョン、無事にガールフレンドを送っておあげ」
送り出すミウが、わざと大きな声で言った。この状況ではそうとしか見えないだろう。空中からの監視装置はあるが、今の私がセシルとわかるかどうか。通りに止まっている治安部エアカーには相変わらず職員が出入りしている。警察の交通規制のせいで、通行人の数はめっきり減っていた。
「おい、どこへ行く。後ろに乗せているのは女か?」
「そうだよ」
単車を止められたジョンはぶっきらぼうに答えた。
「顔を見せてください」
事務的な調子で治安部職員が言った。ラビスミーナ・ファマシュだと気づく者がいたら面倒だ。その時はジョンには悪いが強行突破かと思ったが、幸いあっさりと通された。
「俺、心臓が止まるかと思った」
単車を操作するジョンがぼそりと言った。
「悪かった」
「いいんだ。ほら、あそこがゼブルンホテルだよ」
「ジョン、このことをロリーとアロ・タンベレに話しておいてくれないか?」
「わかった。すぐに伝える……けど、また会える?」
「そうなるといいな、恩人とはまた会いたい。ありがとう、ジョン。ミウによろしく」
ジョンと別れてホテルの茂みに入る。ゼフィロウのリムジンがホテルの前庭に置いてあった。
「着いた」
ブローチの通信装置に呼びかける。リムジンから職員が降り、後ろのドアを開けた。辺りには誰もいない。リムジンに乗り込むと、マルトがほっとした様子で微笑んだ。
「ラビスミーナ様」
「来ていたのか。手間をかけさせてしまったな」
「ご無事で何よりでした」
「ありがとう」
「先ほどの青年が?」
「そう、助けてくれた。この服はジョンの母親のものだ。後でお返ししなくてはな」
「計らいます。どちらにお届けすればよろしいですか?」
「ジョンは衛生部の巡視船で下働きをしている。母親の名はミウだ」
「わかりました。しかし……今回のこれは……情報部員一人に対して、仕掛けが大がかり過ぎます」
「うん」
「これでは腕利きの戦闘員でも逃げ切れないでしょう。つまり、相手はセシル・フレミングをそれだけの戦闘能力の持ち主と判断した……」
「そうかもしれないな」
実のところ、私もそう感じていた。
「ハルタン領主ロマン・ピート、そして、ハルタン治安部長フリードリヒ・ハイダー……」
マルトは呪文のように呟いた。
「秘書官のネッド・カプリマルグスも事情を知っているようだ」
襲われた当日、アロと話していたネッド坊ちゃんが私を見たときの違和感を私は思い出した。
「確かに、長官一人でこう手際よく命令を通すことは難しいでしょう」
マルトは頷く。
「ゼフィロウからメヌエットを盗んだ何者かは、私について一通りは知っていただろう。つまり、ゼフィロウでメヌエットを盗んだ何者かと、ハルタン治安部は、セシル・フレミングは、ラビスミーナ・ファマシュだと気付いたのではないか?」
「確かに、治安部の長というだけではなく、ご自身も十分に戦闘をこなせる。あまり、そのことでご自身を過信してほしくはありませんが」
「過信したことはないと思うが」
「だといいのですが」
少々雲行きが怪しい。
「それにしても、ここまでゼフィロウはやられっぱなしです。実際、こんなにイライラしたことはありません。しかし、このままでは済ませません」
マルトはこれだけ言うと、黙り込んだ。
総領事館までの道のりはさして遠いものではない。せいぜい二十分ほどだ。が、治安部のエアカーを何台も見かけた。それが、総領事館が近づくにつれて数が増す。
「遠慮なく見張っている」
「全くです。ですが、このリムジンにも、総領事館にも手出しはできません。そんなことをしたら重大な規則違反、セジュの中でハルタンの立場が危うくなります」
外からリムジンの中は見えない。リムジンはハルタン治安部のエアカーの脇を通り、総領事館の地下に入った。
エレベーターでマルトの執務室に入ると、マルトは心底ほっとした顔になった。
「ここなら安心です。しかし、何故セシル・フレミングがあなただとわかったのでしょうね?」
「アロ・タンベレに情報を流した」
「それで、ですか」
「いや、アロと別れてさして時間は経っていない。私の部屋への爆発物の設置とあの包囲網だ。アロがすぐに連絡を取り、それを受けて治安部がどんなに急いでも、あそこまでの準備はできない」
「確かに、そこそこの戦闘部員なら軽く捕獲されているレベルでした」
「捕獲する気はなかったようだ。殺す気だった。ハルタンにもなかなか腕のいい狙撃手がいる。おかげで背中から心臓へ向けて銃弾を受けた」
「何ですって、何故それを先に……失礼します」
マルトはミウから借りたジャケットの下の防弾服に残った跡を見た。防弾服には弾を受けた時の衝撃の跡が焼け焦げた跡とともに残っていた。マルトは焦げ跡から私に目を移した。
「治療が必要ですね。ここで間に合います。すぐにかかりましょう」
「頼む」
「エステル」
マルトはエステルを呼んだ。
「ラビスミーナ様、ご無事でしたか?」
入って来るなり、エステルは言った。
「エステル、医務室を開けて、ラビスミーナ様の治療に入ってくれ。左側の背中だ」
「左側……」
エステルは眉を寄せた。
「いや、防弾スーツを着ているから」
すぐに付け足した。
「それでも衝撃が大きかったはずです。肩は動きますか?」
エステルはてきぱきと聞いた。
「折れてはいないが、動きが悪い」
私は答えた。
「わかりました。こちらへ」
案内するエステルの後に続く。
「総領事は外でお待ちください」
エステルは医務室を開け、私を椅子に座らせて撃たれた跡を見た。
「やはり、ひどい内出血です。筋肉、筋、神経が破損しています」
「でも、動かせる」
「痺れているはずです」
「若干」
「防弾スーツを着ていなかったら、心臓が撃ち抜かれました」
エステルは青ざめた顔で言った。
「うん、そうなれば即死、いくらハルタンだって治せない。まあ、ハルタンにわざわざ私を治す気はないだろうが」
「冗談ではありません」
エステルに一喝された。一通りの処置をしたエステルは、まだ怖い顔をしている。
「後はカプセルに入って回復を早めましょう」
「麻酔は気が乗らない。いつ何があるかわからないから」
「今ハルタンでここ以上に安全な場所がありますか?」
エステルは有無も言わせず私の手を引いてベッドに横にならせると、ベッドをカプセルの中に入れた。もうこれで抵抗不可能だ。わかっている、こうするのが当然だと。だが、私は嫌なのだ。この無防備な状態はぞっとする。(小心者もいいところだ)まあ、父上の居室ならば……そんなことを思ったのが最後だった。




