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「着替えるといいよ、私のを出すから」
「母さん、どうして……」
「あいつらはお前を馬鹿にした。それに引きかえ、この人はお前を笑顔にしてくれた。第一、凶悪犯がわざわざお前に単車の乗り方を教えるはずないだろう?」
「ありがとうございます」
「さあさあ、こっち」
ジョンの母親は屈託なく笑って、私を彼女の部屋に連れて行った。
「あんた、見た目より若いね」
私の顔をまじまじ見ながら、ジョンの母親は言った。あの騒ぎで化粧も少々落ちているだろう。だが、もう、化粧と服装でごまかす必要もない。セシル・フレミングが危険人物だと当局にばれてしまったのだから。
「私はミウ。こんなのでいいかい?」
ミウは衣装ケースから厚手の黒のズボンと、黄色の花が乱舞する鮮やかなジャケットを出して言った。
「これは私の夫がまだ生きていたころ、単車に乗せてもらうときによく着たものだよ」
受け取った。
「顔を洗いたければ、そこに洗面台がある。それと、これ」
ミウが化粧落としを渡した。何しろ厚化粧だ。おまけに老けて見えるよう細工もしている。化粧落としは有難い。仮面を外すような気分で化粧を落とし、ミウが若かった時の服を着るとすっきりした。
「どう、何か足らないものは……」
着替えを済ませた私を見て、ミウは目を見張り、口をあんぐりと開けた。
「これは……幻かい……?」
幻なら、こんな都合のいいことはない。
「そう思って、忘れていただければありがたいです」
「馬鹿なことを……誰だって忘れられるはずがない……こんなにきれいな人を私は見たことがない。まあ……ほんとに何てこと……全くの別人で……あの警官たちが戻って来たって、あんたが探している女だなんてわかりっこないよ」
「やつら行っちゃったよ。あれ、母さん、この人は?」
やって来たジョンは私を見て赤くなり、それから母親を睨んだ。
「セシルさんはどこへ行ったんだ?」
「ジョン、お前、馬鹿だねえ」
「馬鹿って……さっき息子を馬鹿にした奴に腹を立てていたくせに」
「私はいいんだよ、親だからね。それより、ほら、わからないかい? この人がお前の言う、セシルさんさ」
「嘘だ……」
ジョンも口をあんぐりと開けて私を見た。こんなところは親子だ。
「もうセシル・フレミングには戻れない。ばれてしまったようだから」
私は肩をすくめた。
「それと、凶悪犯と言われましたが、そのようなことはありません。ですが、ご迷惑をおかけする前に出て行きます。お世話になりました」
「ちょっと……これからどうするの?」
ミウが聞いた。
「そうだよ、警察に追われて、行くところがあるの?」
私は頷いて、ブローチ型の通信機で総領事館のマルトを呼んだ。
「今どちらです? ご無事ですか?」
出るなり、マルトは叫んだ。
「ああ、知り合いにかくまわれている。彼らのおかげで命拾いした」
「よかった、シャーム通りの爆発事件の事を聞き、気が気ではなかったのです。どこにでも、すぐにお迎えに上がります」
「というわけにもいかないだろう? お前たちが動けばすぐに感づかれる」
「しかし、それどころでは……」
「大丈夫だ。これからそっちに行く。が、そっちも見張られているだろうな」
「はい。では、ゼフィロウからの客を送るため出ているリムジンをいったん総領事館に戻すことにしましょう。リムジンはパーティーでホテルにいる客を待っているところです。ホテルはゼブルン。リムジンはホテルの野外駐車スペースに出しておきますから、それにお乗りください。ゼブルンまでいらっしゃれますか?」
「行く」
通信を切った。じっと話を聞いていたジョンとミウが目を合わせた。
「行くの?」
ジョンが言った。
「ああ、ゼブルンホテルへ」
「ゼブルンホテルなら知っている。送るよ、俺の単車で行こう」
「そうしておやり」
ミウも頷いた。




