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 私はそっとビルを出た。空には小型監視装置が飛んでいる。それも一機、二機ではない。でも、なんとかしてこのまま逃げ延びなくてはならない。空中からの監視を逃れるには雑多なものが置かれる路地。物陰を這いつくばって行くしかない。人目のない路地に身を隠しながら記憶をたどる。汚れた薄桃色のビル、緑のドア。ノックして物陰に身を隠した。開いたドアからジョンが姿を見せる。果たして、本当にこれでいいのか。一瞬迷った。が、

「セシルさん」

 物陰の私をジョンはすぐに見つけ、家に引っ張り込んだ。

 ハルタンの香辛料と湯気、食べ物の匂い。それに埃っぽい匂いと嗅ぎ慣れたオイルの匂いがした。

「ジョン、誰だい?」

 奥から女の声がし、すぐに体格のいい中年の女が現れた。立ち尽くす私を、女もやはり立ち尽くしてじっと見ている。

「外では、爆弾を持った凶悪犯を追っている。ちょうどこの女のような」

 女は、私から目を離さず言った。

「母さん、これはセシルさんだよ。俺に単車の乗り方を教えてくれた」

 女は黙ったままだ。

「母さん、頼む。セシルさんは凶悪犯なんかじゃないんだ」

「あんた、怪我してるんじゃないの?」

 なかなか鋭い女だった。私のだらりと下ろした左腕を見ている。外が騒がしくなった。

「セシルさん、こっちだ」

 ジョンが私を引っ張った。居間の隣はガレージだった。単車の部品が並べられ、工具とオイルが散らばっている。見慣れたジョンの単車があり、その奥には毛布を掛けられた古い単車があった。

「父さんのだよ。もう、ずっと使っていない」

「警察です。開けてください」

 ついに奴らが来た。

「開いていますよ」

 ジョンの母親が答えた。

「思念で開けるのではないんだな。今時こんなものがあるとは」

「この家には思念が使えない息子がいるそうです」

 別の声がした。

「使えないわけではありません。少し弱いだけです」

 ジョンの母親は訂正した。

「同じことだが、まあ、いい。このあたりに女が逃げ込んでいる。見なかっただろうか? 爆発物を隠し持った凶悪犯だ」

 野太い声だ。

 ジョンが身をこわばらせた。

「凶悪犯の女? 知らないねえ。ここにずっといたけれど、そんなのは見なかった」

「一通り中を見せてくれ」

 足音がした。

「セシルさん、こっち。いざとなったら俺の単車で逃げて」

 ジョンはそう言いながら、父親の単車の奥に私を押し込んだ。その上から毛布を掛け、せっせと外した部品をもとに戻し始める。

「こっちはガレージか」

「散らかっていますね」

「メンテナンスをしていたんです」

 手を休めないでジョンが答えた。

「思念が使えないという息子はお前だな?」

「ちょっと、酷い言い方じゃないか。思念が弱いからって何だっていうんだい?」

 ジョンの母親は声を上げた。

「威勢のいい女だな」

 隊長の呆れたような声。

「狭い家で、そうそう人を隠すようなところもないんですよ。もう、いいでしょう? いい加減に出て行ってください」

 ジョンの母親は手を緩めずにさらに声を上げた。そこへ、野太い声の部下らしき男が駆け込んできた。

「隊長、それらしい人影を特定したと本部から連絡がありました。このエリアから移動して、そちらに向かって欲しいそうです」

「そうか、一通り見ればこんなところに用はない。邪魔したな。行くぞ」

 どすどすとした足音が遠ざかり、ドアが閉まって、ジョンの家は急にしんとした。

「急げ、決して、決して逃がすなとの命令だ」

 外ではまだあの野太い声が響いている。しかし、それらしい人影だと? 本部から? どういうことだ?


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