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「フレミングさん、ちょうどいい。タンベレさんは今日から出勤しています」
翌日、ハルタン治安部を訪ねると案内の男が言った。
「もう? 無理をしたのではないですか?」
「見たところ、いたって元気そうでしたよ」
「そうですか。それはよかったです」
これ見よがしにメンテナンスのための器具が入ったバッグを抱えていた私は、ほっとしたように答えた。ざっと見渡す。治安部の空気に変化はないようだ。
「奥にどうぞ。行って、タンベレさんに声をかけてください」
「ありがとうございます」
礼を言って奥に入る。数人がデスクに向かっているが、タンベレの姿はない。一人が顔を上げて目でダン・マイトの応接を示した。近づくと、中から声がする。治安部長の秘書の一人、ネッド・カプリマルグスが来ているようだ。
「その程度のことしかわからないのか」
ネッド坊ちゃんの機嫌は悪かった。
「これで精いっぱいです。何せ、実際に見ていないのですから」
タンベレの声がした。
「口答えか? アール・ハマリ氏も非常に興味をお持ちだというのに、役に立たないな」
「ハマリ氏が?」
「そうだ。まあ、お前ごときに多くを期待するのが間違いというものだ。新たな手立ても立ったようだし……お、お前には……ちょうどいい仕事があるようだな」
ドアを開けて出て来た坊ちゃんは、私を見て目を逸らした。
おや、風向きが変わった……? そんな気もしたが、
「タンベレ、行け」
ダン・マイトが言い、タンベレがほっとしたようにこちらにやって来た。
「せいぜい励めよ」
ネッド・カプリマルクスは大きな足音を立てて治安部大部屋を横切って行った。
「タンベレさん、退院おめでとうございます。予定より早かったですね、大丈夫ですか?」
「ありがとう。もう、すっかりいいんです。それより、お世話になったばかりか、仕事を遅らせてしまって、ご迷惑をおかけしました。早速かかりましょう」
「ご無理はなさらずに」
「いいえ、むしろ助かるんですよ。彼の気が変わって戻ってこないうちに」
タンベレはちらりとネッド・カプリマルグスの出て行った方を見た。
「なるほど。だいたいわかります。無茶な話ですね」
私は肩をすくめた。
「それにしても、アール・ハマリ氏が知りたがっているなんて思わなかった。ナオミは何も言っていなかったな」
タンベレはぽつりと言った。
「ああ、ロリーのところの映像のことですね。聞こえてきました」
「そう」
「でも、何だか、他に方策も立ったような口ぶりだったし、案外カプリマルグス秘書官の嫌がらせかもしれませんよ? 彼ならありうる」
「セシルさん、しっ」
タンベレは唇に指を当て、私の顔を見て笑った。
「とにかくセシルさん、こちらへ。まずは、メンテナンス。それと、必要な措置があったらお願いします。その後、新システムの提案についてお話を聞かせてください」
大事な電脳室によそ者だけを残すわけにいかないのだろう、タンベレは椅子に掛け、自分の電脳を開いて仕事を始めた。私もそれらしくパワーを切ったり入れたりして、それぞれの電脳の動きを調べ、次に持ち込んだ装置を組み込み、部品に異常や疲弊がないか、一つ一つ点検していった。このあたりは言われた通りの作業、難なくこなせる。が、作業に区切りがついた頃には、勤務時間を過ぎてしまっていた。
「タンベレさん、一通り終わりました。異常はありません」
「ああ、ご苦労様。しかし、すごい集中力だな」
タンベレは書類をしまい、電脳を閉じた。
「そんな……お待たせしてしまって。傷の方は痛みませんか?」
「ぜんぜん。セシルさんこそ、お疲れでしょう? お世話になったお礼も兼ねて、食事でもいかかですか?」
「いいのですか?」
「気軽だけど、おいしい店なんです。ご案内しましょう」
「では、お言葉に甘えて」
私は仕事道具の機器を素早くケースに収めてスーツの上着をはおり、タンベレに続いて治安部電脳室を出た。




