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「ラビスミーナ様、私に見せたいものとは?」
「これだ」
私はカメラで撮った画像をマルトの机上の電脳に映した。
「これは」
青年を見たマルトは私を振り返った。
「驚いたか?」
「これは、そっくりだ」
「話を聞いているようだな」
「はい、実は、エア様より、その青年のことを伺いました。その青年は、二十年近くも前に死んだことになっている、実際死んで、葬儀も行っていると。もちろん、セジュの様式にのっとって」
「それは、つまり、その遺体は分子になるまで焼かれて、海に流されたということだ」
「そうです。それなのに……」
「ああ、どういうわけか、その青年が若いままで、生きている。ハニヤスは、いち早くそのことを掴んだのだな」
「カップ殿からでしょうな。レンバ殿は、ゼフィロウにいらしてからも、カップ殿とやり取りしておられたようです。そして、カップ殿は穏健に、ではありますが、伯父ハニヤス・レンバ殿同様、ロマン・ピート様のやり方には疑問を投げかけていました」
「ハニヤスは二十年ほど前に死んだとされる青年を探している。ただ死んだだけではない。ハニヤスは、今も生きていることを確信していた。見つけ出して、確保してほしいということだったが、雲をつかむような話だと思った……」
「こんな風に見つかるとは」
「ああ。嗅ぎまわってみるものだ。何とかハニヤスの希望に添える見込みが出て来た」
「そして、大巫女様のお話というのも恐らく……」
「そうだ、おばば様もあの青年を確保することを望んでいた。しかも、肝心なのは、ピート殿よりも先にというところだ」
「ピート様が探している青年を先に確保しようとは……ハルタンを敵に回すことになります」
「仕方ないな。父上はそう言わなかったか?」
「おっしゃいました。相手はゼフィロウからメヌエットを盗んだのだから、遠慮はいらないと」
「うん。メヌエットとあの青年、そして自殺まがいの不審な死は関係があると思う。もう一度死んだ者のリストを見せてくれ」
「こちらです」
マルトのスクリーンに数名の名前が映った。
「電脳技師で気象学者、植物学者に、クローン研究者、細胞学の権威に、放射線の権威、タンベレに切りかかった薬物常用者、そしてメヌエットの送り先のダミー会社社員か」
「死んだ順です」
「この後にヨーク・ローツだ」
「実は、その後にもまた……ハルタンの城で技師をしていた男が、ビルから飛び降りています。彼は……最初の電脳技師で気象学者の男と知り合いで……カップ氏の仲間だと思われます」
「ハニヤスの周りで、すでに二人死んでいる、ということか」
「はい。そして、植物学者、クローン研究者、細胞学の権威、放射線の権威、この四人はそれぞれ七十二歳、七十九歳、七十五歳、七十五歳と年齢が近く、しかも、彼らの研究室は同じ研究棟、郊外のホリー研究棟にあったようです」
「やはり、偶然ではないな。共同研究は?」
「いいえ、それはしていません」
「そうか。死んだ青年の母親エバ・メイも研究室で働いていたようだが?」
「はい。同じホリー研究棟です」
「繋がりがある。父親は、こちらは精子提供者でしかないが、専門は宇宙放射線研究者だったな。彼らとの関わりは?」
「接点はどこにもありませんでした」
「そうか。その当時、彼らと研究をしていた人物を調べてくれ。特に、ハルタン領主やその周辺と繋がりがあるような人物がいるかどうか」
「そのことですが、シナ・ヒビヤルド、そして、ピート様の叔父のエッレル卿もその研究棟に籍を置いていた時期があります」
「ほう? 自殺した者たちの死の直前の行動は?」
「訪問者があります。または人と会っていますが、特定の人物に限定できませんでした。それに、その程度では、誰でもありうることで特殊ではありませんが」
「メヌエットを組み込んだ電脳があれば、どうとでもできるというわけだ」
「エア様は、必要と判断した場合、武器の使用をためらってはならぬと仰いました。まずは準備を怠りなく、と」
「総領事館は、いざという時に武器の使用を認められているからな。さしあたり、相手はロマン・ピート殿の護衛とハルタン治安部になるかな?」
「それと、レンが問題です。総領事館に武器の使用が認められているとはいえ、正当な理由がなければならない。メヌエットがハルタンに送られたことは確かですが、それがどこにあるのかわからない。その上、謎の青年をハルタンに渡さないため、などとは言えませんよ」
「その通りだ。だが、証拠は全くもって揃っていないが、必要とあらば、動かなくてはならない」
「綱渡りですね」
「それを切り抜けるのが総領事の才覚だ」
マルトは苦笑した。
「わかっています。しかし、武力でぶつかっても多勢に無勢」
「やってみないとわからない」
「心もとない話ですね」
「まあな」
「ところで、あの青年と一緒にいた女性のことも調べねばなりませんね」
「マリア・ラデュー」
「えっ、ご存じなのですか?」
「ああ、ちょっとした縁で。あの青年のことを恋人だと言っていた」
「それはいい。好都合だ。マリア・ラデューを見張っていれば、リン・メイを見つけられる」
マルトは目を輝かせた。
「そう簡単に行くかな? それに、マリアを困らせるようなことはするなよ」
「甘いですな。お父上もその点をご心配なさっていますよ」
「何とでも。さて、私はいったん借りている部屋に戻る。なるべく早く、マリアと会う算段をしなくてはならない。明日はY&Kネットの社員として仕事をしよう」
「お宅はシャーム通りでしたね。お気づきの事と思いますが、ハルタンの治安部員がそこここにいます。各核からハルタンに重要人物が訪れているからというだけではない気がするのです」
「彼らにとっては、リン・メイのこともあるが、ゼフィロウも警戒せねばならん、ということだな」
「そういうことです。証拠がないとはいえ、このままゼフィロウが黙っているとは思わないはずです。彼らは神経質になっている。どうか、お気をつけて」
マルトは真顔で言った。




