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ハルタン行きのチューブに乗り込んで間もなく、ユリアから連絡が入った。ヨーク・ローツの母親の状態は、確かに一時体調を崩したようだったが、すぐに持ち直したそうだ。入院先はイージス病院。ローツへは病院の事務を通して知らせがあった。病院長がハルタン治安部員とともにゼフィロウの治安部員に付き添われたローツを迎え、研究棟にある病院長室で、担当医とともに母親の容体について説明をしたという。その後、病院長室から病院関係者が使う通路を使って、母親のもとに向かう途中に焼却炉があったというわけだ。仮にメヌエットが使われたとしたら、ハルタンに入ってから……ローツが電脳に触れる機会があるとしたら病院長室だ。イージス病院の院長はシナ・ヒビヤルド。クローン治療の研究において業績を上げ、その道の研究者をはじめ、広く人々の尊敬を集めている。高名な人物だけに、病院長というのは名ばかりで、他の者に実務を任せ、自分は病院付属の研究棟で研究をしたり、講演に出たりしているらしい。リン・メイの件にかかわっているのはヒビヤルドか? それとも、ヒビヤルドのあずかり知らぬところでローツは死んだのか?
それにしても……私はチューブの窓から真っ暗な海を見つめた。死んで、塵になって、甦った男? ありえない。どんなからくりだ? どこを探せばいい? 私はため息が出た。のろのろと進むチューブに苛々する。苛々すると言えば……我が情報部だ。ゼフィロウ情報部はメヌエットを受け取ったダミーの会社とハルタン領主に近づく人物を追っていると言うが……情報部の入手した情報が我々治安部にすんなり入ってこないなど、馬鹿げた話だ。それと言うのも、各部はもともと縄張り意識が高いうえに、部長同士が互いを知りあう公の機会は最高会議のみだ。その上、その議長もまた上手く我々の手綱を取っているとは言い難い。パイアール議長は、優秀なのかもしれないが、癖のある面々の上に立つのにはどうだろうか。情報部長イアン・レオ。腹を割って話すことができる相手だろうか……取り留めもなく考えているうちに、チューブが止まった。
ハルタンのポートP1に着いたのは夕刻だった。ポートの電光掲示板が、高度医療施設計画のあらましと、各核から招かれた客を歓迎するパーティーが今夜盛大に行われることを知らせている。出口に向かう通路を歩いていると、見たことのある女に気が付いた。室内装飾のデザイナー、マリア・ラデューだ。私は足を止めた。
「あら、セシルさん」
マリアも私に気が付いた。私たちは人の流れから外れて、ポートに置かれたグリーンの近くに立った。マリアは、ナオミに紹介された時とはその雰囲気がずいぶん違っていた。明るく輝いている。
「どちらに行ってきたのですか?」
私は聞いた。
「ミアハです。家に戻って、家族に会って、しばらくこちらで仕事をすると言って来たの」
「ハルタンが気に入りましたか?」
「え? ええ。今までいくつか医療施設を見て回ったけれど、まだまだ回りたいのよ」
「本当に熱心ですね。依頼された施設については、どんなものをイメージしていらっしゃるのです?」
「くつろげるもの、幸せを感じられるものを」
「具体的には?」
「排除しない建築。緑と、それに動物がいて……あら、おかしいですか?」
「いいえ、海に出たことは?」
「ありません。でも、憧れます。いつか、と思っています」
目を輝かせ、それから華奢な腕に絡む細い銀の時計に目をやった。
「失礼しました。お忙しいのですね」
「いいえ。少し早く着きすぎてしまいました。私ったら……あのパーティーに(マリアは高度医療施設計画について知らせる掲示板を目で示した)送ってもらう約束なの。でも、待ち合わせには、まだ時間が……」
「恋人?」
「ええ……多分」
マリアの頬が赤く染まった。




