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「父上、入ります」

「うん? ああ、ラビス、レンの相手は終わったか?」

 父は電脳に向かってぼんやりとしていた。

「グリンのおかげで、あっという間に」

「ヨーク・ローツがハルタンで死んだそうだな」

「やはり、もうご存知でしたか。自殺だったそうですが」

「疑っているのか?」

「わかりません。ローツは、自分のしていることはセジュのためだと言っていた。取り調べ中も、尋問中も堂々としていたそうです」

「それが、自殺か……」

「ハルタンでは、そうでなくても、このところ自殺が目立っているのです」

「いつからだ?」

「メヌエットが盗まれて一週間後くらいから」

「使い方によっては……メヌエットの可能性がある」

「推測の段階ですが」

「まあな。ところで、お前は殺されたエドゥアルド・トゥビンの家に行ったそうだが?」

「はい、そこでハルタンから送られた画像と記憶媒体を手に入れました」

「ほう、家は爆破されたと聞いたが?」

「夫人が持っていたのです」

 制服のポケットから、トゥビンが妻に渡した封筒を取り出した。

「これが、その画像と記憶媒体です。父上、何とかできますか?」

「やってみよう。しかし、ラビス、トゥビンの家を焼いて、これを燃やそうとした奴は、どこかでお前が来ていたことを知るだろう。お前が彼らの秘密に近づいたことを知り、事件の核心に近づいていると思えば、お前はますます邪魔な存在になる。わざと夫人が持っているという情報を流して犯人に襲わせ、そこを捕まえるという手もあっただろうが……」

「子供が二人います。家族がむごたらしい死に方をしています。もうこれ以上、恐ろしい思いをさせる必要はありません」

「お前らしいな」

 父エアは微笑んだ。

「それはそうと、父上、おばば様から聞きましたか?」

「ああ、一昨日神殿に呼ばれたよ。ハニヤスは、お前にある人物を確保して欲しいと言って来たそうだな?」

「その人物のことは?」

「聞いた。リン・メイ。不思議なことだが、ありえないわけではない」

「彼の持っている可能性は……もし、それが本当のことならば、の話ですが、ハルタンにとって、無限の利用価値がある。誰だか知らないが、危険を冒すわけですね」

「そのためにヨーク・ローツもエドゥアルド・トゥビンも殺されたのだ。ヨークは犯人も、リン・メイのことも知って協力したのだろうな」

「ええ。ローツは、信念、と言っていました」

「そうだったな……だが、たとえ、ローツがどう思っていようと、二人を無残に殺し、非合法な研究のために、このゼフィロウからメヌエットを盗んだ者がいるなら、私としても受けて立たなければならない」

「当然です。で、メヌエットを盗んだ人物ですが、ハニヤスは父上の周りの者を疑っているようですね」

「そのようだ。それで、わざわざ神殿に呼ばれたのだ。まあ、私の電脳を探ろうとしても、私の電脳が気づかないはずはないのだがな」

 父は笑ったが、すぐにまじめな顔になった。

「私に近い者、それと、ゼフィロウの技術者がかかわっているようだとおばば様が言っていたよ。身の回りに気を配れということだ」

 私たちは頷き合った。

「調査団の団長は、アリバイの不十分な人物の半数が技術開発部の研究員だと言っていました」

「その中で思念認証を消す方法を知っているのは、私とヴァン、それとせいぜい十人程度の技術者だ」

「ヴァンと父上以外の誰かが、犯人と接触した可能性がある。彼らの様子を探らせ、場合によっては、身の安全を図らなくてはなりませんね」

「団長には話しておいた。レンが可能性のある技術者の身を秘密裏に監視しているはずだ」

「それにしても、自ら接触した人物のデータをすべて消しているトゥビンの方は、犯人を特定するには時間がかかるかもしれませんが、メヌエットを盗んだ人物については、思念認証を消す方法を知る技術者を丁寧に調べれば、わかりそうなものです」

「うむ。そうなのだが、調査団は尻尾を掴めないようだ。上手く仕組まれているのだろう」

「それで、父上は?」

「調べさせてはいる。が、不審な人物は出てこない。まだ、な」

「まだ? 心当たりがありますか?」

「依頼を受けてハルタンに行った人物がいる。ルイーズ・ベネットだ。しかし、確認すると、病院の認証管理システムの仕事をしているだけで、それらしい人物との接触は一切ないのだ」

「そうですか」

 ゼフィロウの技術者が依頼を受けて他の核に行くことは不思議ではない。たまたまこの時期ハルタンだっただけかもしれない。

「そう言えば、レンの調査団はいったん戻るそうですね」

「アリバイの調査が思ったように進まないようだ。そんな中でトゥビンの死だ」

 父の表情は厳しい。私も頷いた。犯人はメヌエット盗難とかかわりがある可能性がある。野放しの犯人がいる以上、調査の方法を検討し直さなくてはならないというわけか。

 こっちも何も掴めていないが、レンもこの有様だ。

「父上、そろそろ行きます」

「トゥビンの件はどうする?」

「トゥビンの件も、ローツの件も、グリンに任せています。私はリン・メイを探し、メヌエットを取り戻します」

「ラビス、一人で動くな。マルトを使えよ」

「ええ、助かっています」

「ラビス、ヴァンには会わないのか?」

「すぐにハルタンに戻りたいので」

 頷く私に、父上は小さくため息をついた。が、ここで、ため息をつかれても困る。父もそう思ったのか、軽く肩をすくめ、説教くさい話は無しになった。

「送ろう」

 父は言い、父と私は城の門まで一緒に歩いた。


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