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「泣き言は後よ、ジャン。それより、もっと詳しくメヌエットが持ち出された経緯を知りたいわ」
苛々した様子のケイティー・ヴェルナレフが言った。
「ああ、四つ目のメヌエットが入った荷は、通商部主任監視官ヨーク・ローツが直々に持ち込んだということだが?」
パイアールの視線の先、黒髪をきちんと撫でつけた通商部長エドモンド・ショーが頷いた。
「はい。係員がローツの認証を確認しています」
「エドモンド、発送されてしまった他の三つはどうしたの?」
「思念の認証が消された日から新型の計量透視装置が試験導入される直前まで、ゼフィロウから送られた荷は膨大だ」
「調べたんでしょうね?」
「ああ。四つ目とそっくりの荷をローツが発送している。それも三点あった。どれも送られた先はハルタンだ」
「で、ローツは何と?」
ケイティーは手を緩めないことで有名だ。四十代後半。ストレートの金髪をポニーテールにまとめ、自信に満ちている。(少なくともそう見える)『何故そう思うの?』これが彼女の口癖さ、とシオは笑っていた。
「本人に聞くのはこれからだ」
エドモンドの答えに、ケイティーは不満そうに腕を組んだ。
「いくら可愛い部下でも庇いようがないわね、エドモンド。それで、ハルタンの受取人は?」
「製薬会社とは名ばかりの、ダミーの会社が受け取ることになっていた」
情報部のイアンが答えた。
「三点ともハルタンの製薬会社?」
「そうだ」
イアンが頷く。
イアン・レオ。彼の息子と私は同じゼフィロウの学園ベルルに通っていた同窓生だ。
「息子から聞いた話では……あなたが治安部の部長になるとは思わなかった。しかも、こんなに早くここまで来るとは」
案の定、初めて最高会議で顔を合わせた時、イアンは言った。それはそうだろう。そのように過ごしてきたのだから。私は事故で両親を失う前は自宅で家庭教師につき、事故後、叔父エアの養女になってからは、今度は城で家庭教師についていた。十五歳から二十歳まではベルルの寄宿舎で過ごし、そのあとは通いで(しかも、時折顔を出す程度で)卒業までこぎつけた。もっとも、寄宿舎時代もよく城に戻り、訓練を受けていたのだが。
その当時、私は武芸に熱中し、その合間にシオのところに出掛け、チェスをしながら課題をもらう、そんな生活を楽しんでいた。シオの課題は多岐にわたっていて、科学一般から歴史、法学、医学、金融、経済、音楽、絵画、芸能、各核の社会とその現状、更に、たとえばギャンブルにふける人の心理にまで及んでいた。学園では極力目立たないようにしていた私だが、私の立場に興味を持つ生徒もいた。それを地味な笑みでやり過ごす。礼儀は重んじるが、突出したことはしない。次期領主の立場に立つ可能性のある身としては(そのことについてはまったく興味がない。父上の本当の娘アイサが戻った時、彼女がその地位に着くべきだと思うし、私はそれを願っている)、なるべく自分の資質や本性を隠しておきたかった。シオが言っていた通り、自分の敵がどこにいるかわからない。ある程度の力をつけるまでは、取るに足らない存在でいることが有利に働くのだ。これはチェスで初めてシオに勝った時に実証済みだ。
「漏れ聞こえたところによると、治安部内だけでなく、レンでも無茶をしているようだ。意外だった。あなたは……エア様と亡きシオが、その翼の陰に隠して育ててきたのだな」
さて、同僚となった私をこれからこの男はどう判断するだろう。