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「ハニヤスから連絡があったのは、いつのことです?」
「お前がハルタンに出かけてすぐのことだ」
「ハニヤスはどこにいるのです?」
「ハルタンにいると言っておったが」
「総領事館ではハニヤスを見失ったと言っていました」
「うん、あちこち身を隠しているそうじゃ」
「誰から?」
私は不安を押さえるのに苦労した。
「ハルタン当局だな。ハニヤスは先代の領主と意見を異にしていた。甥のカップ殿もハニヤスと同派だが……彼らはどうやら今の領主から疎まれているようじゃ」
「ハニヤスはハルタン治安部から監視されていました」
「ああ、警戒されている。最近ハルタンの領主ロマン・ピート殿が秘密裏に探している青年がいるのだが、それがハニヤスの探している人物らしいのじゃ」
ガルバヌムは立ち上がり、机の上の水晶のような透明の石を示した。そこには二十歳そこそこの繊細な面持ちをした青年が映っていた。
「ハルタン出身。ここに彼の記録がある。簡単なものだが」
透明な石に彼の個人データが映った。父アルヴォ・セップ、母エバ・メイ。ただし父は遺伝上のものだ。エバ・メイは精子バンクから得た精子で人工授精し、息子リン・メイを得た。エバ・メイはリン・メイが二十七歳の時に病死。リンも母の死の直前に亡くなっており、エバの両親ヘイノ・メイとリヨ・メイが二人一緒に葬儀を出している。
「リン・メイ……死人を探せと?」
「いや、彼らが探しているのは生きた人間だ」
「どういうことです? 遺体はDNAが調べられ、身元を確認されるし、埋葬には厳重なシステムがある。遺体を間違うことも、まして死んだ者が生き返ることもありえない」
脳裏に爺さんが見たという天使の話が浮かんだ。
「特異体質。または新種」
大巫女は言った。
「まさか」
「これは可能性の話じゃ。ハニヤスの話を聞いてピート殿にそれとなく話を向けてはみたが、はぐらかすばかりじゃった。それからは、わしと話すのを上手く避けているようじゃな」
ハニヤスがハルタンを離れた当時の領主ゲラ・ピートは、十年ほど前に死んでいる。後を継いだのはその息子、人がいい(と言われる)四十代半ばのロマン・ピート。
「ハニヤスはピート殿よりも先にその身柄を保護しなくてはならないと言っている。私もその考えに賛成じゃ。その者を渡してはならぬ」
「ハルタン領主から守れと?」
「まあ、そうじゃ」
「ハニヤスがハルタンに行き、メヌエットが盗まれた……この二つに関係は?」
「ある可能性は高い」
「敵は……ゼフィロウの中にもいますね?」
「ラビス、ハニヤスはエアもここに呼んで話したのじゃ」
「わざわざ神殿に……メヌエットを盗んだ犯人が、父上の身近にいるということですか?」
「そういう危険があるということじゃな」
大巫女ガルバヌムはゆっくりと頷いた。
「ハニヤスはメヌエットを盗んだ犯人について何か言っていましたか?」
「いいや」
「それでも犯人は身近にいる、というわけか」
「そうじゃな」
レンの調査はどの程度進んでいるのだろうか……
扉が開く。さっきの巫女が茶を持って入って来た。この神殿で大巫女ガルバヌムと飲む茶は特別だ。くつろぐと同時に、感覚が刺激される。扉を開けようとしなくても、神殿の電脳が私に介入しようと私の思念を探っているのが感じられる。
「おばば様は不快ではありませんか?」
「何がじゃ?」
「この探られる感じ」
「何とも思わんよ。いわば我らの会話のようなもの。探るのはあいつの性じゃ。悪気はない。しかし、お前も鋭いのう。あの子は、ここに来てすぐにあいつと遊ぶのを覚えたが、あいつの存在を感じられる者はそう多くはないのだ」
あの子とは、私の妹、今は地上にいるアイサのことだ。アイサの思念は桁外れで、あのシェキの洞窟(セジュの聖地)にまで介入できる。
「ラビス、瞑想はしているか?」
「はい」
そう言ったのに、私が瞑想をさぼっていることはお見通しのようだ。
「出来る限り瞑想し、耳を澄ませなさい。さあ、奥の間へ」
大巫女は言った。後ろめたいところがあるだけに私は観念し、大巫女の後に続き、静かな瞑想の間で目を閉じた。
間もなく、時間の流れがわからなくなった。それでいいと思った。どこまでも続く闇、生命の気配……海の中そのもの。私は小さい。どんなにあがいても、できることなどせいぜいちっぽけなことだ。だが、それが何だと言うのだ? 私はすべきことをするだけだ。
再び目を開けた時には、マリンスノーのように私に降り積もっていたものがすっかり落ちた気がした。
隣で目を閉じていた大巫女が言った。
「ラビス、夕食じゃ。その後は安心して眠りなさい。誰もお前の眠りを妨げる者はいないよ」
「ありがとう、おばば様」
神殿の簡素な食事をし、客用の部屋で眠った。掃除の行き届いた部屋、きれいに整えられた寝具。おばば様の言う通り、私は何も考えず、ぐっすり眠った。




