61
セジュに神殿と呼ばれるものは一つしかない。小さなドームの中のその神殿は、深い森に守られている。
神殿のポートで、一人の若い巫女が待っていた。
「ラビスミーナ様、ようこそお越しくださいました。こちらへ」
白い簡素な服に、結い上げた黒い髪。おっとりとした彼女は、私をエアカーに案内した。ポートから神殿まで歩けば、自由に枝を伸ばす大木やそこで暮らす動物の気配を楽しむことができるが、それなりに時間がかかるのだ。
「おばば様は?」
「ラビスミーナ様をお待ちですわ。どうぞ」
私は頷いて彼女の隣に座った。エアカーが滑るように神殿を囲む森の上を飛び、あっという間に白い神殿の、その黒々とした大きな扉の前に着地する。
「呼び出して悪かったな、ラビス」
大巫女ガルバヌムはちっとも悪いと思っていない様子で、朗らかに私を出迎えた。細く、小さな体。しわの刻まれた顔は長い年月と経験を物語る。
「さあ、こちらへ」
軽い身のこなしで扉をくぐり、奥へ進む。私は黙って大巫女の後を歩いた。何度となくここを訪れてはいるが、大きな扉の先には、いったい幾つの扉があるのか。次々に現れる扉は、ここの主ガルバヌムを十分に知っており、主の意のままに現れ、閉じた。私一人だったらどこまで行けるかな? 私は興をそそられ、開いては閉じる扉を眺めた。
やがて見覚えのある木の扉が現れる。大巫女の私室。
「さあ、入りなさい」
ガルバヌムは私を招いた。
神殿の庭を望む大きな窓。水晶のように輝く石が載った古い机が一つ。窓の他は本棚で、びっしりと本が詰まっている。
「座りなさい」
大巫女ガルバヌムは庭に面したソファーを示した。明るい光が差し込んでいる。風に葉を揺らす木々も、それを映す池も、日の光を受けて(たとえそれが人工の光であっても)輝いている。目に映るのは俗世間から隔絶された穏やかな世界。だが、この景色に騙されてはいけない。この神殿の電脳……これはただの電脳ではない。かつてゼフィロウを開いた科学者たちによって作り上げられ、彼らの後を継ぐゼフィロウの科学者の手によってメンテナンスと改良が続けられて、間違いなくセジュ一の能力を誇っている。それだけではない。その電脳は、この神殿自身と言ってもいい。それ自身があたかも生きた存在であるかのような、特異な性質を持っている。扉が自在に開くのも、人によっては決して開かず、それどころか、アクセスした者の思念に入り込み、その精神を錯乱させることすら可能なのも、この電脳のなせる業だ。大巫女はその強力な思念の力で神殿の電脳を動かし、神殿の主となっているのだが……盗まれたメヌエットは、その力は神殿の電脳には遥かに及ばないものの、神殿の電脳に組み込まれたものと同様、向けられた思念に介入することができる門外不出の電脳チップだ。これは強い思念はいらない、ただ、電脳に組み込み、指定の指示を与えればいい。メヌエットが盗まれたことは、まだ公にはなっていない。だが、早く取り戻さないと……
「おばば様、お話とは?」
私は庭を眺めている大巫女ガルバヌムに聞いた。
「相変わらず単刀直入じゃ。ふふ、ちと、頼まれてな。人を探して欲しいのじゃ」
「人探し、ですか」
「ああ」
「しかし、おかしなことを。おばば様がその気になれば、人探しは私よりもおばば様の方がずっと向いている。おばば様なら、セジュすべての人のデータを調べることができるのですから。レンに頼むこともできるでしょうし」
「それが少々変わっていてな。ああ、そうだ。お前が私の依頼を受けて動くだろうと、シュターンミッツ長官には断ってある」
「レンの治安部長官にわざわざ?」
「念のためだ」
「シュターンミッツ長官はおばば様の依頼の内容を知っているのですか?」
「人を探すのだとは言った。お前がわしに頼まれて人を探したとて、それがレンの、セジュの治安に関わりはない。長官は、表面上はあっさりとしたものだったし、詳しいことを知らずに済むことを、むしろ喜んでいたようだったよ」
大巫女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「あの長官が?」
「ふふ、以前の経験から、下手にお前と関わりたくないのだろう。ただ、そのまま忘れてくれるとも思えん」
「レンも探りを入れてくる?」
「まあ、レンの力を借りることもあるだろうよ」
「レンの?」
「ああ。それはそうと、ハニヤスも難儀しているらしいな」
「えっ、ハニヤス?」
「そう、お前に人探しを頼んできたのは、ハニヤスじゃ」
驚いた。こっちが探している人物から依頼が来るとは。




