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ゼフィロウ城の後方に、ゼフィロウの行政機関が揃う庁舎が聳える。(行政機関が揃うとは言ったが、治安部だけは城の地下にその本部がある。治安部の主な潜水艇は城のポートを使って出動できるようになっているためだ)
庁舎はゼフィロウ城とは広大な森で隔てられていて、その近代的な白亜の高層ビルは、外見は古めかしいゼフィロウの城とは対照的だ。白亜のビルの最高会議室に入ると、他のメンバーは既に全員集まっていた。時間に遅れたわけではないので、そのまま自分の席に着く。法務部長ケイティー・ヴェルナレフ、通商部長エドモンド・ショー、技術開発部長ジャン・ブロム、情報部長イアン・レオ、そして財務部長であり、この会議の議長でもあるジョセフ・パイアールが一様に私を見た。
「これで揃った」
パイアール議長が言った。白髪で中肉中背の彼は温和なまとめ役。事業を始めた祖父が成功をおさめ、父親がそれを継いだが、彼は事業を兄弟に任せ、行政の道を選んだようだ。若い頃からトラブルはなく、優秀な人物という評判だったとシオは言っていた。
「さて」
パイアールはそれぞれの顔を見渡した。一種独特の重みをもつ面々に対しても、その柔和さは変わらない。
「第一級の管理を必要とする電脳のチップ、メヌエットが何者かによって持ち出され、ポートから核外に出た」
パイアール議長はゆっくりと言った。そう、これは厄介な問題だ。メヌエットは、ゼフィロウが責任を持って管理することになっている。それを盗まれるとは……九つの核が対等な関係でセジュは成り立っているが、他の核の信用を失うことは、どの核にとっても大きな痛手だ。しかも、メヌエットとは……
「盗まれたメヌエットは四つ。犯人はそのチップを別々の荷にして、すでに三つは送り出しに成功している。メヌエットが盗まれたのがわかったのは、四つ目がまさにこのゼフィロウを出ようとしていた時だった。従来型の計量透視検査なら通っていたメヌエットが、最後の四つ目で引っかかった。直前に新型の計量透視装置が導入されたのだ。荷の中身の重さと形状がわずかに申告されたものと違うと判定され、ポートの職員が中身を点検したところ、この件が明るみに出たというわけだ。計量透視装置が変わることは、技術開発部と通商部の上部しか知らなかったらしいが?」
「はい。まだ試験の段階でしたが、急にそのような話になったのです」
短髪で小太りの、人のよさそうな技術開発部長ジャン・ブロムが頷いた。ジャン・ブロムについてはヴァン(私の婚約者だ)が時折口にする。研究部の要求にこたえるべく、行動は迅速、そして機転が利く。それは技術開発部にとっては非常に大切なことだ。新しい研究については、法務部や財務部の反対があってはならず、一研究者がその折衝に関わっていたのでは研究は進まない。ゼフィロウの主幹事業を守るため、そしてゼフィロウの研究機関のトップ、ヴァンが研究のみに集中できるよう、ジャンが煩雑な事務仕事を請け負っている。確かにヴァンならこんなことはまっぴらごめんだと言うだろう。
「とにかく、四つ目であっても、気づいたのは不幸中の幸いと言える。というのも、気づいていなければ、いつ、どのようにしてメヌエットがゼフィロウから消えたのかさえ、わからなかっただろうから」
パイアールは続けた。
「そもそも、何故こんなことが可能だったのかよ。問題のチップ、メヌエットは特別な保管室にある。そこに入ることができるのは限られた者だけ、もちろん扉を開くには彼らの思念が認識されなくてはならない。開けた者の思念の認証は記録として残されることになっているから、何かあったら言い逃れはできないわ。それなのに……その部分の記録が消されて何も残っていないなんて」
法務部長ケイティー・ヴェルナレフが一同を見渡した。
「ジャン、これは?」
パイアールが技術開発部のジャンを見る。
「認証された思念を消す技術は、実は以前から開発されています。そのことはほとんど知られていないはずなのですが」
「思念認証に頼りすぎた、ということか」
情報部長イアン・レオが言った。
「消された思念を再現する方法はあるのかね?」
パイアールがジャンに尋ねた。
「ありません。消された痕跡まではたどれるのですが」
「時間が特定できるの?」
ケイティーが聞いた。
「いや、はっきりした時間までは。せいぜい日にちまでだ」
ジャンは渋い顔をした。
「となると、可能性のある人物全てを拾い上げ、痕跡が消されたと思われる時間帯のアリバイを調べていくことから始めるしかないだろう。領主であるエア様から、我々最高会議のメンバー、その他の部長やそれに準じる者、そうでなくとも内部の事情に詳しい者や、電脳の扱いにおいて天才的な者も調べる必要が出てくる」
「これは大ごとだぞ」
ジャンが呟いた。
「ああ、君のところなど調べる人物に事欠かないだろうな。まずは、ヴァン・パスキエ。彼は、このゼフィロウすべてのシステムに通じている。やる気ならば、それこそ何でもできるだろう」
パイアールはジャン(と、こっそり私)を見た。ジャンが大きく頷く。
「ヴァンに限らず、うちには非常に優秀な科学技術者が多い。何しろ、領主のエア様からして素晴らしい研究者なのだ」
「該当者全員の調査だが……普通なら、この手の調査は治安部が行う。が、その部長(これは私)、親類(これは私のいとこで婚約者でもあるヴァン)、父親(領主である父上)が調査対象となれば、治安部長に任せるのは公平ではない。この件では、第三者委員会を設立して、調査を依頼しなくてはならないだろう。その人選だが、しがらみのない調査ができる人材が必要だ。慎重に人選をしないと……」
パイアールは私を見ながら遠慮がちに言い、咳払いして続けた。
「そこで、レンに任せることが公平なのではないかと。皆の意見でもある」
法務部長のケイティー、通商部長のエドモンドが頷いた。情報部のイアンは肩をすくめ、技術開発部長のジャンは私から目を逸らした。
「まずは、メヌエットがゼフィロウの外に出たことをレンには報告しなくてはならないわね」
ケイティーが言った。
「その前に、治安部長、あなたの意見を聞かなくてはならないが」
「レンに報告を急がなくてはならない。ただ、調査となると……レンがどこまで踏み込んだ調査をしてくれるか」
「ラビスミーナ、あなたの気持ちはわかる。ここゼフィロウで起こった事件を捜査し、犯人を捕らえるのはあなた方治安部の仕事だ。だが、ことが明らかになった場合に、いち早くレンの調査を入れたということが我々の信用を高めることになるのだ」
一同が私を見た。
「わかりました」
元より反対する気はない。
「レンに報告か……」
情報部のイアンが言った。そう、レンに報告義務がある。が、どう考えても嬉しい報告ではない。
「会議終了後、私が報告する。調査依頼もする。それでいいだろうか」
パイアールが念を押した。それが一番公平なのだ。皆は渋々頷いた。
「ラビスミーナも、よろしいか?」
「はい」
パイアールは咳払いをした。
「では、そのように」
「レンが認証の消去を手掛けた者を特定できればいいのだが」
「そうだな、ラビスミーナ。それにしても……うちの技術開発部は混乱するな」
ジャンは眉をひそめた。