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「さあって何だよ?」
「やり方はある、と思うわ」
「何だって?」
自分で相談しておきながら、ジョンは疑わしそうに私を見た。
「もちろん、ジョンの気持ち次第だけど」
「教えてくれ、頼むよ、セシルさん」
「思念を使わないことよ」
私はジョンを見た。案の定ジョンは口をあんぐりと開けたまま、私の顔を見ていた。
「そんなこと……できるの?」
「素早い切り替えは全て自分の体を使ってやるのよ。単車にマニュアル部分を導入すればいいわ」
「セシルさんがロリー爺の単車に乗った時、スピードの限界まで行った……」
「そう、私は思念で安全装置を外した」
「そんなこと普通じゃできない」
「出来るの。強い思念で安全装置は外れる」
「セシルさん、それじゃ、俺なんか……」
「だから、自分で外すの、その手でね。その代わり、どんな時でも慌てないで。パニックにならないで。思念は敏感に乗り手の状態を単車に伝える。乗り手が恐れたり、パニックになったりしたら、単車の安全装置が作動して、単車はより安全な動きを選ぶ。乗り手の身が第一だから。でも、あなたが思念に頼らないなら、自分の体で操作すればいい。ただし、自分の身は自分で守らなくてはならない。自分で判断するの。それができるようならスピード勝負はできるわ」
「俺は……やってみたい」
「いくつもの障害物、高低差、突発的に起こるアクシデント……」
私は昼間のレースを思い出しながら言った。
「それぞれに冷静に当たらなくてはならない。他のレーサーの事故に巻き込まれないよう先を読んで、自分でレースを作って行かなくてはならないわ」
ジョンは黙っていた。思念なしで軽々しくできることではないとわかった顔だ。だが、その顔に覚悟が見える。
「教えてあげるわ。でも、おおっぴらにはできないわよ。私は仕事で来てるんだから」
「わかった。セシルさんの都合のいい時に」
「先の予定は立たないの。明日出かける用事があるから、その前なら」
「明日? どんなに早くてもいい」
「場所は? どこで練習しているの? 乗れるところが近くにある?」
「ある。迎えに来るよ。薄暗いほど早い方がいい?」
「できれば」
私は笑い出した。これではほとんど寝られないだろう。
「ありがとう。どんなにお礼を言ったらいいか」
「痛い思いをしたり、大けがをしたりしてからでもそう言える?」
「言える」
ジョンはきっぱりと言った。それから急に目を輝かせた。
「セシルさん、食事まだだろう? 作ってやろうか?」
満面の笑みを浮かべられると、断るのが難しい。私が断る前にジョンは食品貯蔵庫から保存用の肉と豆を取出し、店先で適当に買った調味料を物色した。
「じゃあ、お言葉に甘えるわ。あなたも食べて行きなさいよ」
「オーケー。向こうで待っていてくれればいいよ。疲れているでしょう?」
慣れたものだ。本当に慣れているのかもしれない。ふと、ジョンの家庭のことを思った。ジョンは……私に言われなくても、いつか思念を使わない操作方法を知るだろう。(実際、一部のレーサーはそうしている)そうすれば、この勢いだ、ジョンは自己流で命にもかかわるレースもやりかねない。ならば、無駄に怪我をしない方法を教えるまでだ。空腹を刺激する匂いとともにテーブルに並んだのは、オーブンで焼いた本格的なパンと(もちろん下ごしらえが済んだものを買って貯蔵庫に放り込んでおいたのだが)、塩味のあっさりとした味付けの肉と豆のソテーだった。肉には柑橘系のさわやかな香りがするソースがかけてある。
「ハルタンでは定番のメニューだよ。どうぞ」
自信があるようだ。素朴で、おいしい。しかし、もし、母親がその恋人とやらと会っていなかったら……ジョンのことを待っているかもしれない。
「どう?」
ジョンが聞いた。
「おいしい。でも、食べたら早くお帰りなさい」
「わかったよ、ありがとう」
ジョンは素直に頷き、食事を終えると手早く食器を片づけて帰って行った。
急に静かになった。
さてと。私は化粧箱の盗聴器を作動させた。ドアが開く音がした。時間は……私がアッテンボロー秘書官と話をしていた頃だ。わずかな足音、二人だ。部屋の映像を撮るかすかな音(これは物色した後、部屋を完全に復元するためだろう)、隅々まで歩き回って、おや、この化粧箱も覗いたらしい。ひどい音だが何も見つけられなかったはずだ。
「何もないな。もういいだろう、セシル・フレミングが戻って来るかもしれん」
「こっちに来たての、ただの女の部屋ですね」
聞き覚えのある声に苦笑した。ダン・マイト課長とその部下だった。『捜査の指揮に出ている』か……アッテンボロー秘書官の顔が目に浮かぶ。果たしてこれで私の疑いが晴れて、無罪放免と行くだろうか? 彼のことだ、それはないと思った方がよさそうだ。




