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「とにかく予選レースが終わり次第、俺はアロのところに行ってみる。さあ、お前たちも早くUドームへ行け」
爺さんは素早くシャツを着た。
「わかったよ」
アランが言うと、マックとジョンが続けた。
「だけど、後で必ず話してください」
「約束だよ?」
「ん? まあな」
爺さんはわかったようなわからないような返事をし、三人は気がかりそうに爺さんから離れて行った。
「あの、ラスキングさん、タンベレさんは刺された時、治安部に向いていないと言われたそうです。少なくとも、犯人はタンベレさんが治安部の人間だと知っていた。お二人が事件に巻き込まれたのは、例の遺棄物を調べてからです。私に天使の画像を見せていただけないでしょうか?」
話を切り出すにはいい機会だと思った。
「あんたは、俺たちが襲われたのは、あの画像と関係があると思うのか?」
爺さんは考えた。
「わかりません。が、気にはなります」
「そうか……だが、悪かったな、今朝、衛生部のお偉いさんが治安部の若いのとやって来て、あれの入った記憶媒体ごと持って行ったんだ。アロが提出した画像だけでは物足らなかったらしい」
爺さんは肩をすくめた。
「そうでしたか、ならば仕方ありません」
私はあっさりと答え、爺さんを安心させた。
「さあ、乗ってくれ」
「ええ」
私は潜水艇に乗り込んだ。
自家用の潜水艇が次々とP5から出て行く。潜水艇から下ろした単車で行く者もいる。緊急脱出用のカプセル代わりとして使用を許されている単車は、海中を走行中は特殊な装甲を纏う。これで海中での走行が可能になるのだ。スピードとしてはかなり落ちるが、これがドーム内に入り、装甲が解除されれば、息を吹き返したようにスピードが出る。
海中を行く大小さまざまな灯りが吸い込まれるように一方に向かっていく。それを眺めながら、私は別のことを考えていた。ハルタン治安部が持って行った記憶媒体を何とか手に入れられないものか、ということだ。だが、まだ相手の狙いがわからない。下手に動いて警戒されれば煙に巻かれる……いや、待てよ……このハルタンで、妨害電波を受けた画像を解析できるか? 時間を無駄にせず、確実性を期すなら、ゼフィロウだ。ゼフィロウに送る可能性が高いのではないだろうか。あのメヌエットにさえ手を出した相手なら、ゼフィロウで解析させるなど容易いのではないか……
「あれは皆レースに出たり、観戦したりする奴らさ。アランも、マックも、ジョンも、自分の潜水艇がないから、単車で行く。あいつらは今、単車のレースに夢中だが、もう一つの夢は自分の潜水艇を持つことだ。そのために、ここで衛生部の巡視船の下働きをしている。そうやって自分の船を買う頭金を貯めるんだ。幸い、ここの給料はいい。その上、ここで仕事につけば、ただで船を置かせてもらえるし、単車は脱出用カプセルの代わりとして、一人一台搭載することを認められている。脱出カプセル代わりの単車には補助金も出る。一方、衛生部としては、俺たちみたいなのを雇えば、潜水艇の維持経費を押さえられるし、人員の確保もできる。願ったり、叶ったりなんだよ」
爺さんは言い、自分の考えにとらわれていた私は現実に戻って頷いた。
「なるほど……」
多くの人は、核の外で仕事をすることを嫌がる。核を出れば、そこは暗い海で、得るものはない。(と見える)それどころか、死と隣り合わせだ。チューブやデミウルゴスなど、核と核を結ぶ公の交通手段ならいいが、個人の船などもってのほかなのだ。
だが、セジュの人々の中にも恐れを知らぬ、いや、それを含めて楽しむ人たちがいる。彼らもまた、海の底の国セジュを支えている人々だ。




