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 チェスと言えば、私は時折、父と手合わせしていた。だから、ルールはもちろん、その戦略のいくつかは知っていた。薄暗いシオの書斎で盤を挟んで向かい合った私は、祖父、そして父が信頼を置いているらしいこの老人に手を抜かれることだけは我慢がならなかった。だが、それは顔に出さなかったつもりだ。相手を油断させる、まずはそれでいこうと思っていたのだ。案の定、油断したシオの形勢はたちまち不利となり、慎重に事を運んだ私の勝利で終わった。が、二度目はなかった。じっと私を見て「ほう」と言った後のシオの戦術は自在で多彩だった。それ以降の対戦では私は防戦一方になり、戦いを引き伸ばし、下手な手を打たないことに全神経を注ぐことになったのを覚えている。一日で五度ほど戦い、結局私が勝ったのは最初の一戦だけ。五戦終えて正直消耗していたが、それを見せまいとしていたところに夫人がお茶を持って来てくれた。普段ならば仲の良いその妻を下がらせ、シオは私を見つめて言った。

「ラビスミーナ、どこに落とし穴があるかわかりません。ゼフィロウにも、このセジュにも。あなたはそれを見つけて、大事に至る前に対処しなければならない。きれいごとでは済まないこともある。自分のしていることを、められた仕事ではないと思う時もあるかもしれません」

 私はシオの眼鏡にかなったのだった。後で夫人から聞いたところによると、私は父エア同様、見かけによらず(これは余計だ)粘り強い手を打つことが気に入られたそうだ。それから間もなく、治安部長だったシオは、私が治安部で頭角を現し、治安部内の人心を掴んだと判断すると、迷わず治安部長のポストを私に譲った。

 治安部内ではすんなり受け入れられた私だったが、他の部長たちを納得させたかと言えば、そうはいかなかった。あまりに経験不足ということだ。これに対してシオは、これからのゼフィロウのために私に経験を積ませることが大事だと説いた。再びファマシュのご機嫌取りという不名誉な陰口を囁かれることになったシオだったが、やはり気にする様子はなかった。

「どうして今まで通りではいけないのです? 私はあなたが上司で非常にやり易いのです。経験と言うなら、あなたのもとで十分積むことができます」

 私は言ったが、シオは首を振った。

「この場に立ちなさい。おのずと見える景色も違ってくる」

 ならば、立ってみなくてはなるまい。

「わかりました」

 私は答えた。これに満足そうに頷いて、シオは言った。

「だが、最高会議だけは、今まで通り私が出た方がいいだろう」

 ゼフィロウの行政を担当するトップの集まり。法務部、通商部、財務部、技術開発部、情報部、そして治安部の部長六人からなる最高会議の議長は、現在財務部のジョセフ・パイアールが務めている。この中で上手く身を処していくのは、シオの考える通り、私にとってはそれなりに重荷だ。

「それは可能ですか? 最高会議のメンバーには法務、通商、財務、技術開発、情報、治安の各部長がなるものと思っていました」

「ああ、普通なら。しかし、今までに例外がなかったわけではない。ラビスミーナ、あそこは才能に恵まれ、そのことを十分承知している者たちの集まりだ。私が何と言おうと、彼らはあなたを認めようとはしない。今はまだ。私はあなたに治安部を任せるが、もう少し、私があなたの盾になろう」

 用心深い、そしていささか過保護なシオらしい判断だ。

「ありがとうございます」

 私はシオに感謝し、この最高会議という厄介ごとが遠のいてほっとしていた。こうしてシオは治安部を代表して最高会議に籍を残し、私が治安部の部長となったのだが。


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