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情報管理室のローラ・マイスキーに爺さんの仕事のことを聞こうと庁舎に出かけていくと、総合案内の男が顔を出して、まず治安部に寄るように言った。
「昨夜の様子が聞きたいそうです」
昨日の今日だったが、相手は私の服装に慣れたようで、もうじろじろ見ることはなかった。その代りに好奇心を覗かせる。
「刺された職員は重傷だという噂ですが……」
「ええ、ひどい傷だったようですが、さすがにハルタンの大病院ですわね。一週間で仕事に戻れると担当の方が仰っていましたわ。今朝も寄ってみましたが、落ち着いていらっしゃいました。これから痛みはあるのでしょうが」
「お気の毒に。でも、快方に向かわれたわけだ。よかった。それで、犯人は?」
「さあ」
「でしょうね。それこそ、治安部の仕事です」
私は治安部の案内へ行った。治安部の案内の男も昨夜の話をしたかったようだが、私はすぐに声をかけられた。
「セシル・フレミングさん? 私は治安部長の秘書官テオドール・アッテンボローです。来る早々こんな騒ぎに巻き込まれて、昨夜は眠ることもできなかったでしょう?」
秘書官の一人が直々に営業部員を迎えた。秘書官とは言っても、ネッド・カプリマルグスよりもずっと年上の男だ。長身で、体格がよく、柔らかい白髪の間から地肌が見える。彼は古めかしいスーツを着込み、厚く化粧をした私を興味深そうに眺めた。ネッドよりもはるかに手強い。私は直感した。
「はい。家に戻った時には、もう夜が明けかかっていました」
当たり障りなく答える。彼と私は治安部の職員が仕事をする大部屋に通った。
「あなたの仕事はタンベレを窓口にすることになっていたようですが、タンベレが戻る前に何か必要なことがありましたら、ジェフ・ボルドにお聞きください」
アッテンボローは電脳に向かう若い男に目をやって言った。
「ジェフ・ボルドさんですね? お心遣いありがとうございます」
「フレミングさん、それはこちらのセリフです。感謝しなければいけないのはこちらの方だ。あなたは刺されたタンベレと一緒にメイドマリアン病院へ行ってくれたそうですね? どうか、こちらへ。誰か、お茶を」
アッテンボローは近くにいた職員に声をかけ、私たちはダン・マイト課長の部屋へ入った。ダン・マイトはいなかった。
「あら?」
私の様子に気が付いて、アッテンボローは言った。
「マイト課長は捜査の指揮に出ています」
何の捜査だ、と聞きたいところだが、一介の営業部員が聞けることではない。
「ところで昨夜のことですが、タンベレは犯人について何か言っていましたか?」
アッテンボローが私の目を覗いた。百戦錬磨、という言葉が浮かぶ。そして……確かに治安部の上層部は今回の事件に関わりがあると直感した。さあ、私は一営業部員だ。しかも、当地は初めて、更に、赴任したて、と来ている。ここは上手く素通りしたいところだ。それに……警察、つまり治安部で中毒患者の仕業にしたがっているのに、犯人がまともに見えたなどとタンベレが言っていたとわかったら、タンベレはどうなることかわかったものではない。
「タンベレさんの担当医は殺意については疑問だと。タンベレさんとはあまりお話はできませんでしたので、何とも」
「そうでしたか? しかし、本当にご親切なことだ」
「目の前であの光景を見てしまうと……タンベレさんのことが気になってしまって」
不自然な間。
「そうでしょうな。それに、確かに担当医はあなたとそんな話をしたと言っていました。ハマリ嬢が見舞いに行ったらしいから、あとはそちらから聞くとしましょう」
食えないおやじだ。私を試した。疑われたか、煙たがられたか、その両方か……
「そうだ、言い忘れていました。ジェフ・ボルドは将来有望な若者です。滞りなくお仕事が進むでしょう。それでは、私はこれで」
テオドール・アッテンボローはソファーから立ち上がった。治安部長の秘書官ともなれば、のんびりとしてもいられないのだろうが……それ以上に、ぎりぎりのところまで私を追い詰めないつもりらしい、今回は。
ダン・マイトの部屋を出て治安部の大部屋に戻った。どうもこの部屋は陰気くさいというか、面白みがないというか。どこかに気の利いた奴はいないのか……そうだ。私はジェフ・ボルドに声をかけた。
「ボルドさんですね? タンベレさんが一週間ほど入院することになりました。この間はあなたを通すように言われました」
「そうですか。何か御用がありますか?」
ボルドが電脳の画面から目を上げた。
「いいえ」
「では、御用のある時に、また」
ボルドはあっさりと言って、電脳の画面に目を移した。
「はい。では、その時に」
将来有望な若者。タンベレの様子も聞かないのかと思ったが、私は愛想よく言って治安部を出た。




