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タンベレの入ったメイドマリアン病院からエアカーを呼び、シャーム通りを見下ろす我が家のドアの前で、私は自分の思念で飾りピンの中に仕込んである電磁・電波分析装置をオンにした。電磁・電波分析装置が部屋に盗聴器や爆発物等の危険物がないかチェックする。どうやら、大丈夫だ。セシルの思念でドアを開けた。室内はしんとしていた。私は全神経を集中した。人の気配はない。リビングから寝室を通り、クローゼットルームに入って、鏡の前の引き出しに入れた化粧箱を開けた。刺繍のタグはプラスチックでできており、その一枚に見えるタグの見えない合わせ目を開いた。中央のスイッチを入れる。これは手動なのだ。タグと見える盗聴器が拾った音、人声を順に再生する。
「おい、まずはラグから敷いてしまおう。次にカーテン、ソファーは後だ」
「わかったよ」
「しかし、いい客だな。ソファーとテーブル以外は全てお任せ、とは」
「今時いないよ、そんな客」
「おい、クッションはソファーの上、寝具はきちんとベッドの上に敷くんだぞ」
どうやら家具を運んでいるのは男二人だ。
「わかってる。このお客はどこかの会社から派遣された会社員だってね」
「ああ、見た目はぱっとしない女らしい」
「でも、部屋はいい感じになった」
おしゃべりをしながらも、プロの作業だった。あっという間に仕事が終わり、部屋は静かになった。異常なし、か。私はやっとスーツを脱いだ。服と鬘をクローゼットの隣にあるランドリーボックスに吊るす。その他はバスケットへ。これでどちらもきれいにクリーニングされる。それからシャワー。ほっとする。私にしては無防備だ。だが、ここにはまだ敵はいない。私はまだ誰にも知られていないはずだ。私は順調にセシル・フレミングを演じている。(今のところ)しかし、ロリー・ラスキングとアロ・タンベレ……どこのどいつか知らないが、ひどい警告の仕方じゃないか。警察は動かなかった……ハルタンの治安部が絡んでいると思った方がいいが……誰の仕業だ? 誰と誰が繋がっている? メヌエットの受取先の架空の製薬会社では、社長は行方不明、荷を受け取ったただ一人の社員は自殺したという。我が情報部もそれ以上はまだ何も掴めず、ヨーク・ローツは口を閉ざしたままだ。
改めて部屋を見渡した。注意深く選ばれた色彩の中で、私の買ったソファーが居心地のいい空間を提供している。思った通り、店主の目は確かだった。
「悪くない」
私は声に出して言ってみた。喉が渇いたのでキャビネットから冷えたお茶を出し、ブランデーを垂らした。ソファーに座り、マルトから送られたデータを開く。
ハニヤスの甥ケン・カップ。妻エドナと子供二人の四人家族。ケン・カップの年齢は四十七、妻エドナ四十、長女十九、長男十七。子供たちはそれぞれ寄宿学校で暮らしている。屋敷はハニヤスが持つ別邸を譲られ、夫婦はそこで暮らしている。場所はハニヤス邸からエアカーで三十分ほど。この別邸は領主の城に近い。カップの専門は植物地理学。主に藻類の分布を研究している。収入は叔父ハニヤスが贈与した財産。その財産の運用を管理会社に託し、十分な利益を受け取っている。妻はカップが通っている研究室の助手だったが、今は仕事を辞めて、家庭の切り盛りとカップの資料の整理をしている。カップは温和な性格で、研究室でも、親類間でも、人間関係は良好。仕事は地味だが、本人は十分満足している。ハルタンよりもケペラからの評価が高い。植物地理学会、藻類学会の理事の一人、か。
次はヨーク・ローツ。幼い頃に父を病気で亡くし、母と二人家族。成績優秀で、ゼフィロウのベルル学園を出て、すぐに通商部に入る。順調に昇進したが、五年前に大腸の疾患により、療養を兼ねてハルタンで治療する。順調に回復、復帰。主任監視官になる。母親が心不全となり、現在ハルタンで治療中。療養先はイージス病院。ハルタンでも一、二を争う大病院で、病院長はシナ・ヒビヤルド。それから療養のための必要経費とローツの財産一覧があり、確かにローツの貯めた財産で母親の療養費を賄えることがわかった。
ソファーに寝転んで考えた。メヌエットは誰が、何のために盗んだのだろう? メヌエットを受け取った架空会社の社員はなぜ自殺した? ハニヤスはどこにいる? 爺さんを脅したのは誰だ? タンベレが襲われたのは偶然か? ヨーク・ローツ……母親がハルタンにいた。いや、ローツでなくとも、セジュの人間ならば、重い病気や怪我をすれば、ここハルタンにやってくる。ハルタン以外にある病院でも、医師はハルタンから派遣される場合が多い。ハルタンとの接点は誰にでもあるのだ。
天使か……
私は眠りについた。




