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アロ・タンベレの服は血でぐっしょりと濡れていた。体を丸めたタンベレは、その手で腹を押さえている。虚ろな目をして、呼吸は荒い。
「あなた、知り合いですか?」
救命士が聞いた。
「えっ、はい。私は転勤してきたばかりですが、この人は仕事相手ですわ」
「おい、知人だそうだ」
救命士が仲間に怒鳴った。
「よかった。身元を聞いておいてくれ」
担架でタンベレを運んでいたひとりが怒鳴り返した。
「どうしたんです? 事故……ですか?」
辺りを見回したが、それらしい様子はない。
「通りがかりの男に電磁ナイフで刺されたんだ」
「刺された? 犯人は?」
「逃げた」
「逃げた、ですって?」
「そうだ。何人かが見ている」
救命士はてきぱきと答えた。
「刺されたのはタンベレさん一人ですか? 連れなどいなかったでしょうか?」
「そのようだ」
どうやらナオミは巻き込まれなかったようだ。しかし、爺さんといい、タンベレといい、偶然か?
「知り合ったばかりとはいえ、心配です。一緒に行ってもいいでしょうか?」
試しに頼んでみた。
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
救命士に感謝し、乗って来たエアカーの待機を解除して、救護班のエアカーに乗った。
ここセジュでは、医療分野は高度に発達している。その場で命を落とさない限り、医療施設に運ばれれば回復の見込みは高い。たいていの傷なら跡形もなく治療することなど容易だ。
手当てを受けたアロ・タンベレが、処置を終えて病室に戻ったのは明け方だった。まだ麻酔が残っており、タンベレはぼんやりしていた。
「電磁ナイフが腹部の臓器をえぐっていた。が、うまく動脈を避け、致命傷には至らなかった。一週間ほどの入院で仕事に復帰できるでしょう」
タンベレの担当医は言った。
「あの……相手はタンベレさんに致命傷を与える気があったのでしょうか?」
「殺意があったかどうか、ということですか? 殺意があるなら、首や心臓や肺を狙うでしょう。しかも、何度もね。傷があるのは腹部で……それも一か所のみ。私には殺意があったとは思えません」
私は黙って頷いた。
「では、これで」
担当医が部屋を出て行き、私はタンベレの顔を覗いた。タンベレは瞬きした。
「タンベレさん、私がわかりますか?」
「セシルさんでしょう? 少し化粧が落ちてる。その方がいい。かなり」
私は苦笑した。
「大丈夫そうですね」
「なんとか、ね」
「一週間ほどで仕事に戻れるそうです。リノからの帰りだったのですか? 電磁ナイフで切りかかった相手に見覚えは?」
「知らない男だった」
首を振ろうとたタンベレは顔をしかめた。まだ体が固定してある。
「犯人は何か言っていましたか?」
「……お前は、治安部には向かない、と」
「あなたが治安部の人間だと知っていた……あの女性、ナオミさんと言っていましたね。彼女とは、一緒ではなかったのですか?」
「ナオミは家からの迎えが来て先に帰った」
「そうですか」
「ナオミの父親は……治安部長の秘書官だったんだ。母親は名家の出で……とにかく……ナオミが俺と一緒じゃなくてよかった」
弱々しく言ってタンベレは目を閉じた。なるほど、ナオミのせいでタンベレはカプリマルグスの恨みを(一方的に)買うことになったわけか……しかし、いくらカプリマルグスでも、そんなことでタンベレを脅すとは思えない。
「ゆっくり休んでください。また明日来ます」
そう断って、大小の医療器具ばかりの殺風景で無機質な病室を出た。




