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「おい、どいていろ」
痛みで転げ回る男に鞭を持った男が言い、身を起こしかけた爺さんにこれ見よがしに消音銃を向けた。
「さあ、これでどうだ。ちょっと足でも撃っておくか。俺たちの忠告を忘れないように」
「うぐっ」
ここで、痛みで転げまわっていた男が、くぐもった声を出した。
「何だ?」
爺さんに消音銃を向けていた男が振り返る。男の目が大きく見開かれた。みっともない女(これは奴らが私のことをこう言ったのだが)が転げまわっていた男の腹を蹴って銃を奪い、爺さんに銃を向ける男に銃を構えたからだ。
「あなたがその人に向けて発砲すれば、その時はあなたも同じ目にあいますよ」
「何の真似だ?」
「言った通りよ。幸い銃弾はこめてあるようだわ」
爺さんに銃を向けている男は私を睨みつけたが、動かない。私に腹を蹴られ、銃を奪われた男が痛みをこらえて銃を奪い返そうと私を窺っている。そのうちにしびれを切らしてかかってくるのは目に見えている。だが、これ以上暴れれば、せっかくセシルとして通用しているのに、爺さんに正体を疑われてしまう。それにしても遅すぎる。ここの警察は何をしているんだ? 仕方ない。まず、この二人を仕留める。爺さんは後で丸め込むしかないだろう。そう思った時だった。
「おい、何事だ?」
通りに止まった大型のエアカーから男が数人降りて走って来た。エアカーに残った人影も今にも飛び出しそうな様子でこちらを窺っている。やっと来たか。だが、ハルタンの警察ではない。やって来たのは見覚えのある総領事マルト・サールとその部下だ。どういうことだ?
「そこで何をしている?」
総領事館の男たちが二人の男を取り囲んだ。
「余計なお世話だ」
「引っ込んでいろよ」
そう言いながらも、爺さんに鞭をふるった男は鞭を隠し、目で片方の男に合図した。合図された男が頷く。と同時に、二人は駆け出し、近くに止めていたバン型のエアカーに乗り込んだ。
(突き止めろ)
私は目で合図した。総領事マルト・サールの指示で待機していたエアカーが急発進したバンを追う。
「大丈夫ですか?」
マルト・サールは爺さんに声をかけ、私に聞いた。
「お怪我は?」
「この人が少し。でも、助けに来ていただけなかったら、危ないところでしたわ。ありがとうございます」
「ああ、助かったよ」
ほっとしたように爺さんも言った。
「ラスキングさん、どうしてこんなことに?」
私は爺さんが立ち上がるのを手伝いながら聞いた。
「俺もわからん。だが、あんた、店でこっちを窺っている客がいると言っていたな? 多分あいつらだ」
私は頷いた。
「それにしても、よくあんな場面に飛び込んで来たなあ。あんた、見かけによらず鋭いし、あいつらと対等にやりあっていた」
爺さんは改めて私を見たが、私は首を振った。
「多少武術はやっていますが、まさかこんなところで役に立つとは思っていませんでした」
「武術を? だが、あんた、営業部員だろう?」
「そうですが……」
「いや、助けてもらっておいて、悪かった。詮索するのは趣味じゃない」
総領事館のエアカーが戻ってきた。
「あんたらには礼をせねばならん。名前を教えてもらえないか?」
爺さんはマルト・サールに言った。
「礼には及びませんよ。通りかかって様子が変だったから声をかけただけですから」
「しかし……」
「大事に至らず、よかった。では、私はこれで。お気をつけてお帰り下さい」
きびきびとした足取りでマルトは部下を連れ、戻って来たエアカーの方へ歩いて行った。爺さんは怪訝な顔でゼフィロウ総領事館の職員たちを見送っている。それぞれが私服であったことが有難かった。




