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「まあ、実際のところはわからないんだが」
「わからない?」
「俺の潜水艇が照らすライトの中で、何か白いものがふわふわと漂っているように見えたんだ。おかしな話だが、人に、人の遺体に見えた。映像を撮ろうと思ったが、近づくとその物体から妨害電波が出ていてね、わけのわからない画像になってしまった。それでも気になったから治安部の情報管理室に報告したのに、情報管理室の奴らは誰も相手にしない。ならばいいさ、と思ったところにちょうどアロがやって来て、一緒に見に行くと言う。それで改めて二人で出掛けて行ったんだ。だが、何も残っていなかった。まあ、悪食のワームがいるし、ちょうどあの辺りは海底の流れがあるから予想はしていたがね。でも、アロはそのあたりの砂を丁寧に採取して、手がかりがないか調査に出してくれている。あれが人間だったら、うまく行けばDNAの破片が見つかるかもしれないし、そうでなくてもこの目が何を見たのか、そのヒントが掴めるだろう」
「でも、ここセジュでの埋葬方法はどの核も共通しているのでは? 遺骸を高温で焼き、分子となった粒子と気体をそれぞれの核の決められた場所で解き放つのでしょう?」
「そう。確かにあれが人だったらセンセーショナルな話だが、このハルタンでは死んだ者の数と葬った者の数は一致している。その上、このところ事件事故に巻き込まれた話も、行方不明者もなし、セジュでも同様だそうだ」
「得体のしれない遺体が一つ……それにしても、遺体をそのままとは……」
「そうだ。 遺体をそのまま投棄するなど、事件以外あり得ないことだ」
「そうなりますね。でも、行方不明者も、事件事故もない」
「だから、あれは遺体でも何でもなかったと。俺の目が節穴だったというわけかい?」
「いいえ。それで、それはどんな様子だったのですか?」
「ああ、線が細くて、なんだか女のようにも見えたが……若い男だったんじゃないだろうか」
「外傷は?」
「ちらりと見た限りでは、無かったね」
「苦しんだ様子は?」
「全くない。言っただろう? まるで天使のようだった。情報管理室の奴らは、俺がずいぶんとロマンチストだとかなんとか言って笑いものにしたがな。本当なんだから仕方がない」
「タンベレさんが調査したのは、正解でしたね」
「あんたもそう思うかい?」
「ええ」
頷いた私に、爺さんは大いに気をよくしたようだった。
「そういうところが他の奴らとアロの違うところさ。アロはレンから来たんだ、有能なはずなんだが、どうもそれが認められなくてね、なかなかここを離れられない」
「そうでしたか。ところで、その映像はラスキングさんの潜水艇の電脳に残っていますか?」
「ああ、あるよ。でも、とてもあの時この目で見た姿には見えない。残念だがな」
「それでも、いつか見てみたいわ」
「こりゃあ、驚いた。もちろん構わないが、あんたも出世のためにここに来たんだろう? そんなつまらないこと、どうでもいいだろうに」
「好奇心は強い方なんです。約束ですよ」
「いいとも」
爺さんは愛想よく答えた。
「さて、そろそろ戻らないと」
私は席を立った。
「ところで、ラスキングさん。あの隅のテーブルにいる二人をご存知ですか?」
店の奥を目で示す。
「うん? 知らないな」
「そう」
「どうかしたかい?」
「こちらを見ていたようなので」
「そりゃあ、お前さんがここではちょっと目立つ格好をしているからだろうよ」
酔った勢いか、爺さんは正直だった。が、わずかに眉をひそめた私に気が付いて付け加えた。
「冗談だ、気にしないでくれ」
「もちろん、気にしていませんわ」
「よかった。じゃあな、また会おう」
「楽しかったです。ご馳走様でした」
私は店を出た。近いうちに、爺さんの言っていた不法投棄の天使を見せてもらおう。治安部が知りたがっている何か……爺さんから記憶媒体を手に入れて、それを解析できれば、爺さんが見たものが何なのか、見当がつく。いや、近いうちなんて、そんな悠長なことは言っていられないか。早い方がいい。爺さんを家に送り、そのついでに……それがだめなら、明日にでも見せてもらう約束を取り付けよう。通りを流している自動運転のエアカーを呼んで、店の近くに止め、待機の指示を出した。そのまま待つこと三十分ほど。翌日も仕事があると言っていた爺さんが店から出てきた。一人だ。どうやらタンベレの方はあのバルーンのような女に捕まっているのだろう。ナオミといっていたな。私はちょっと愉快な気持ちになった。エアカーを降りて急ぎ足で店に向かい、通りでわざと爺さんとすれ違う。
「おや、セシルさん、どうしたんだい?」
爺さんはちょうどいい酔い加減だ。
「忘れ物をしてしまって。そうだ、ラスキングさん、ちょうどエアカーを待たせているんです。よろしかったらお送りしましょう」
「おお、そうかい? 俺はこれから呼ぼうと思っているんだが」
「さっきのお酒のお礼ですよ。ここで待っていてください。すぐ戻ります」
「じゃあ、頼もうか」
うまく行った。私は店に入り、Uターンして戻った。ところが、爺さんがいない。まさか、帰ったか? 爺さんの姿を探して店の周りを歩いた。エアカーに乗っていなければ間に合うはず。でも、何故だ? 気が変わったのか? いいや、あの爺さんは律儀だ。酔っていたにしても、勝手に帰ることはないだろう。私は歩きながら我が身を振り返ってみた。失礼なことをした覚えはないが……いやな予感がした。




