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「送別会、いや、祝賀会? どちらでもいいが、もう終わったのか?」
タンベレが向かった先のテーブルで一人で飲んでいた白髪の男が言った。やや嗄れ声だ。
「ああ、もう済んだ」
「ずいぶんあっさりとしたもんだ」
「あれがここの普通さ。ところで、この間あんたが見たっていう……」
「あれか。しかし、あれはなんだったんだろうな?」
「あの時わかる限りの報告をしたが、上司からは、何の反応もなかった」
「そりゃあ、お前さんの場合、いつものことだろう?」
「それは、そうなんだが……さっき課長から、あの映像のことをもっと詳しく報告しろと言われたんだ。ここに来る前のことだ」
「どういう風の吹き回しだ?」
嗄れ声。
「上からの命令だと言うんだ」
「だが、もっと詳しくって言ったって……」
「そうだ、俺は見たわけじゃない。それなのに何とかしろと」
「無茶な話だ。その課長っていうのは、新しい課長だな? ダンなんとか、という」
「ダン・マイトだ」
「こっちにはどうでもいいことだが、どうする気だ?」
「頼むよ、ロリー、何でもいいから思い出してくれ」
嗄れ声の白髪の男、ロリーというのか。
「やれやれ、困ったなあ。しかし、上司が変わっても相変わらず無理難題か。あんたも苦労が絶えないな。もう少し、要領よくなれないのか?」
「こればかりは仕方がない」
「まあ、人はそれぞれだからな。そういえば、あの若い奴の代わりにレンからまた新人が来たそうだが?」
「ああ、もう宿舎に案内した。頭の回転が速そうな若い男だ。それと、もう一人関わることになった」
「もう一人?」
「ああ、うちの電脳は旧式だ。治安部ではメンテナンスと同時に新システム導入を考えているようだ。それで早速ゼフィロウから担当者が派遣されたらしい」
「待てよ、それはあんたの担当なのか? そんな仕事は……誰かほかにいるだろうが」
「俺は、上にとってみれば何でも屋だから」
「何でも屋だと?」
嗄れ声が大きくなった。
「仕方ないのさ。できるだけのことをするまでだ」
「面白くないな、新人ならまだしも……お前の見習いの期間はとうに過ぎたはずだぞ?」
「ロリー、心配してくれるのは有難いが」
「ああ、わかったよ。悪かった」
ここで白髪のロリーは一つ咳ばらいをした。
「で、その、ゼフィロウから来たっていうのは、どんな奴なんだ?」
「そっちは話だけで、まだ会ってないんだ」
「そうか」
ロリー爺さんは店内に目をやった。
「おや、あれは……ずいぶんな格好だな」
「どれ?」
二人がちらちらとこちらを見ている。
「若い、いや、中年の女か。身に着けたスーツは一時代前のもので、滅多にお目にかかることがないような代物だ」
どうやら私のことを言っているらしい。
「いったいこんなところに何しに来たんだ?」
爺さんの嗄れ声。
「一人で飲んでいる」
大して興味もなさそうにタンベレが答える。
「待ち合わせか」
気にする嗄れ声。
「おい、ロリー、ああいう女が趣味か?」
タンベレの声はからかいを含んでいる。余計なお世話だ。
「違うが、人は意外と見かけによらないものだ」
「まれに、な」
タンベレは頷きながらこちらを見た。よし、向こうから見つけてくれたのだし、そろそろ頃合いだ。私は立ち上がり、フロアーを横切った。場違いな雰囲気に気後れしていると見えれば上出来なのだが。




