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ややあって、宿舎のある駅名のアナウンスが流れた。二人は降りたようだ。私は駅の電光掲示板を見た。次のサブウェイはあと少しだ。
「サブウェイもいいけど、そのうち歩いてみるといいよ」
おや、話が始まった。
「タンベレさんは、よく歩くんですか?」
「アロでいいよ。俺はよく歩く。サブウェイを使うより、頭の中がすっきりするから」
気さくに答えるタンベレに、ボルドはいかにも興味なさそうに言った。
「そんなものですか」
「君は都会育ち?」
「スカハです」
「なるほど」
スカハは土木と資源開発に特化した核だ。そこは高層ビルがこれ見よがしに立ち並んでいる。
「じゃあ、ここの部屋は気に入るかもしれないな。やあ、ローズ」
エントランスに入ったらしく、タンベレは親しげに声をかけた。
「アロ、キースが転勤ですって? ああ、あなたがボルドさんね? 話は通っています。荷物も届いていますわ。これから宿舎をご案内いたしましょうか?」
女性の声。訛のない標準語。多分ローラより若い。
「それはいい。俺なんかより、頼りになる」
タンベレはほっとしたようだった。
「すぐ行くわ」
ローズが答える。ローズを待つ間、ジェフ・ボルドが言った。
「アロは気に入らないんですか?」
「何が?」
「ここの部屋のことです。俺がスカハから来たと言ったら、『じゃあ、ここの部屋は気に入るかもしれない』って言ったじゃないですか」
「ああ、それか。俺としては、住まいと呼ぶには粗末でもいいから、木材や石が使われている方が好みなんだ。身の丈に合っている気がするんだよ。まあ、これはこれで立派な宿舎だ、ぜいたくは言えないが。おお、そうだ、ここの規則はいたって単純、無断外泊は禁止、それだけだ」
「無断外泊が禁止だなんて、子ども並みですね」
「まあ、安全確保のためだ。忘れずエントランスの彼女、ローズに一報入れればいいのさ。これを破ると厳重注意だ。それが三回になると追い出されかねない。彼女は心配性で短気だから気をつけろよ」
「タンベレさん、いえ、アロは、厳重注意は?」
「ああ、二回受けている。あと一回でアウトだ」
「はあ……」
「お待たせしました」
きちんとした挨拶。親しい中にも礼儀があるようだ。
「ローズ、俺はこれから戻って仕事をするよ。その後は、キースの栄転祝いだから、帰れるかどうか不明。外泊の可能性あり、だ」
タンベレはいたって暢気だ。それに刺激されたのかローズは声を大きくした。
「可能性? 帰るのか、帰らないのか、どちらかにしてほしいわ」
「ええと、帰ります、多分真夜中だろうけど」
「はい、はい、よくできました」
ローズは笑い、それからその声が少し低くなった。
「今日も自殺者のニュースがあったわ。近頃そんなニュースが多いから、気が滅入るわ。ああいうのってマスコミが騒ぎ立てるから、益々刺激される人が出てくるんじゃないかしら?」
「さあ」
「とにかく、アロ、気の滅入るようなことには近づかない方が利口よ」
「いや、ローズ、気が滅入ることに首を突っ込むのが治安部の仕事なんだけど」
「それは、そうだけど」
「ともかく自殺は事件じゃないから、ローズが心配することはないよ。それに、確かにこの騒ぎは気にはなるけど、少なくとも俺の上司はそんなに熱心じゃないみたいだ。おっと、じゃ、これで。ジェフ、またな」
タンベレは宿舎を出て行ったようだ。
「あの……アロは変わっていますね」
ジェフ・ボルドが言った。
「あら、どういうこと?」
「情報管理室に案内された時、アロはそこの職員たちに心配されているようだった」
「そうでしょうね」
「アロは同期どころか、後輩にまで後れを取って、ずっと見習いのままだと聞きましたが?」
「ああ、もう、それなのよ。私だっていつまでも見習いのままのアロに何て声をかけていいのか……困るわ」
「はあ、俺は構いませんけどね」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。どうせ、あなたはさっさと出世することしか考えていないんでしょ? でも、まあ、レンのエリート候補生はそうでなくちゃね。さあさあ、行きましょう。まずは、あなたの部屋からでいいかしら?」
「アロはケペラの出身ですか?」
思い出したようにボルドが聞いた。
「あら、どうして?」
「住まいは粗末でもいいから、木材や石が使われている方が好みだとか。その方が身の丈に合っているって言っていたものだから」
「そう? でも、アロは確かニエド出身のはずよ」
「ニエド? 意外だな。あの、鈍くさい感じ。田舎者に違いないと思った」
「まあ、あなたこそ、意外だわ。見かけによらず、口が悪いのね」
「どう思われようと。ここに長居する気はありませんから」
ボルドのきっぱりとした声が聞こえた。が、ここまでだった。小さくプシュッという音がして、イヤホンからはもう何も聞こえなくなった。まあ、いい。私は宿舎近くのステーションから少し歩いて、タンベレら、レンから派遣される研修生が滞在する三階建の宿舎を見上げた。近代的なガラス張りの建物は明るく、周囲の建物と一体化している。そのエントランスに入り、モニターの前で止まった。
「Y&Kネットの営業部員セシル・フレミングです」
ハルタンの核のあちこちが映し出されていた画面が瞬時に女性に変わる。黒髪のショートヘアー。茶色の瞳が私を見つめる。タンベレやボルドたちよりも一回りほど年上だった。
「どんなご用でしょう?」
「治安部で電脳のメンテナンスの窓口はアロ・タンベレさんだとお聞きしたものですから」
「タンベレは仕事に戻りました。仕事の後は、転勤になる後輩の祝賀会だそうです」
この声、この標準語、ローズだ。ローズが少し気の毒そうに私を見たので、私はちょっと微笑んで見せた。
「そうですか。ご挨拶をと思っただけです。お世話になりました」
後輩の祝賀会か……憤るローラ・マイスキーの顔が浮かんだ。




