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「あの、タンベレさんはどうしてカプリマルグス秘書官ににらまれることになってしまったのでしょう? 差支えなければの話ですが」
「差支えなんて。誰もが知っているわ。レンからやってくる優秀な若者は『お偉方たち』に挨拶しに行くものなの。その順番にも気を使うものなのよ。それを彼ったら、よりによってカプリマルグス秘書官のことを忘れてしまったの。仕事が入ったとかで。でも、それだけじゃないのよ」
「失敗でもしたのですか?」
「いいえ、カプリマルグス秘書官の逆恨み。女性絡みの、ね」
「はあ……公私混同ですか?」
「そう。でも、これってよくあることでしょ、嘆かわしいけど」
「ええと、まあ……」
「カプリマルグス秘書官の前任だったアール・ハマリ氏の御嬢さんがアロにぞっこんなの」
「カプリマルグス秘書官は、その御嬢さんのことが好きだった?」
「さあ、それはどうかしら? だけど、あの人、女はみんな自分に夢中になって当然、なんて思うようなタイプだから。その目の前で元上司の御嬢さんが、自分を差し置いてどこの馬の骨ともわからない男の方に目を奪われるなんて……ね、面白くなかったんでしょうよ」
「なるほど」
「あら、やだわ、私ったら、ずいぶん余計なことまで話しちゃったわね」
ローラ・マイスキーは私の目を覗き込んだ。
「だけど、あなたって……ちょっと話したくなってしまうのよ。どうしてかしら?」
「営業部の人間としてはありがたいことですわ」
「まあ、いいわ。今度治安部に来たら、帰りに情報管理室にもお寄りなさいな。お茶でも出すから」
「ありがとうございます」
「あら、急いで来てよかったこと。ほら、あれが、アロよ。アロ・タンベレ」
急いで来たかどうかは別として、二人の若い男がサブウェイに乗るところだった。が、声をかける前にサブウェイは出てしまった。
「残念だわ。でも、見た? 小柄な方がアロ、大柄で背の高い方が新人の……ええと、何て言ったかしら、そうそう、ジェフ・ボルドさん。彼はレンから来たばかりよ」
私は頷いた。それに、別にそれほど残念でもない。私は二人が車両に乗り込む直前に超小型の盗聴器を投げていた。それが新人ジェフ・ボルドにくっついている。有効時間はせいぜい二、三十分。それが過ぎると自動的に落ちて消滅する。サブウェイや宿舎程度のセキュリティーでは引っかからないはずだ。
「じゃあね」
ローラが帰って行き、私は一人になった。
サブウェイの中に消えたアロ・タンベレにはレンにいるエリートの見せる鋭さはなかった。その点、一緒にいた新人ジェフ・ボルドとは好対照だ。だが、そのかわり、いかにも人がよさそうだった。それであのローラ・マイスキーも放って置けないのだろう。
イヤホンからアナウンス、乗客の声、足音が聞こえる。タンベレとボルドは腰を掛けたようだ。が、二人は黙ったままだった。




