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「ああ、いた、いた。マイト課長、こちらは先ほどご連絡した……」
「ああ。Y&Kネット?」
顔を上げたのは浅黒く恰幅のいい男だった。黒い髪に多機能ゴーグル。現場の指揮が板についた人物といった様子だ。
「こちらへどうぞ。お名前は、セシル・フレミングさんでしたか?」
「はい」
「では、私はこれで」
案内の男が去った。
「私は治安部警察課の課長、ダン・マイトといいます」
多少太り気味だが、腰に手を当てて立つ姿はなかなかの威圧感だ。そして、ゴーグルの向こうの瞳に愛想はない。まあ、警察課長に愛想が必要かどうかはわからないな、などと考えていると、そこへ課長より明らかに若く、背の高い男がノックもせずにいきなり入って来た。
「マイト課長、タンベレはどこだ?」
高飛車に言った男に、ダン・マイトは威儀を正し、答えた。
「先ほどレンから新人がやって来まして、その案内をしているはずです」
「ほう、案内とは、能のないあいつらしい。まあ、どうせまた新入りに先を越されるのだ。せいぜいその新入りに媚びておくことだな」
男は嘲笑った。新人を案内しているというタンベレ、また新入りに先を越される、ということは……恐らく彼の年齢はこの若者とそれほど変わらないのではないだろうか。
「アロ・タンベレに御用でしたか?」
ダン・マイトは聞いた。
「ああ、あいつが戻ったら、以前出したくだらない報告書をもっと詳しく報告し直せと伝えろ。特に、あの映像についてだ」
「映像? あの、それは……時間と金の無駄だとおっしゃった報告書の事ですか?」
「そうだ」
若い男は吐き捨てるように言った。
「しかし……タンベレは衛生部の者から情報管理室にたまたま入った情報を確認しに行っただけで。聞き取っているだけのことしかわからないかと……」
「うるさい。お前は伝えればいいのだ」
きれいな金髪に彫の深い顔。黙っていれば美男の範疇に入るはずだが、少々残念な態度だ。
「はい、わかりました」
マイト課長は背筋を伸ばした。
「ところで」
男が私を見た。
「ええと、Y&Kネットの社員です。メンテナンスと新製品の提案だそうです」
マイト課長が答える。
「メンテナンスと新製品の提案? ゼフィロウか?」
「はい」
私は答えた。
「こっちは今、忙しいんだ」
若い男は睨むようにして私を見た。
「なるべく早く用件を済ませて立ち去ります」
「気に入らないな。あんた、メンテナンス云々よりも家政婦の方が向いているんじゃないか? いや、うちの家政婦の方がまだ気が利きそうな顔をしているな」
「そう、ですか」
何とも言いようがない。というか、立場上、余計なことは言えない。第一、顔で職業が決まるわけでもあるまい。それにしても……家政婦とは、古典的な言葉を聞いたものだ。ここセジュでは、どの核でも機械化が進んでいる。だからといって、人の手がいらないわけではない。家の切り盛りには、その才覚を持った者が必要だ。特に大きな家では。そして、優秀な切り盛り役は男女ともいる。尊敬に値する職業だが、どうやら彼にはそのようには映っていないようだ。何とも感じの悪いわがまま坊やだ。(彼が私と同じような年齢であることは、この際、置いておく)
「二度とお目にかかりたくないね。そのつもりでいてくれ」
わがまま坊やが言った。
「そのように気を付けましょう」
私は答えた。
「生意気なんだよ。マイト課長、お前もこんな女はさっさとタンベレに預けてしまえ。暇なタンベレにはちょうどいい仕事だろう」
わがまま坊やが出て行き、バタンとドアが閉まった。
気詰まりな空気が流れる。
「どなたですか?」
私は聞いた。
「治安部長の秘書官だ」
「秘書官?」
「ああ、三人いるうちの一人だ。若いが、その、バックがあってね。わかるだろう?」
「有力な家の出とか、ですか?」
「まあ、そういうことだ」
ダン・マイトはここで初めて共犯者のような笑みを浮かべたが、人差し指で唇を押さえた。これ以上、この話をする気はないようだ。
「アロ・タンベレさんという方が担当ですか? タンベレさんにお会いしたいのですが」
「そうだった。おい」
ダン・マイトは休憩室の奥に小さくなっていた職員に声をかけた。
「タンベレは、もう戻るかな?」
「さっき、新人と情報管理室の方へ行きましたよ」
「だそうだ。出直すかね?」
「情報管理室に行ってみます。そこでお会いできなければ、出直しますわ」
「いいだろう。さっき案内した男が情報管理室に案内する」
「ありがとうございます、マイト課長」
「カプリマルグス秘書官とは顔を合わせないように気を付けるんだな」
「カプリマルグス? さっきの方はカプリマルグス秘書官とおっしゃるのですね?」
「ああ、ネッド・カプリマルグス。カプリマルグス家の二男だ」
ダン・マイトはかすかに肩をすくめた。