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再びエアカーに乗り込んで、案内された物件に向かう。五階建ての小奇麗な建物の五階。白いドアにブレスレットからセシルの思念を送ると、ドアが開いた。中では小型清掃装置が縦横無尽に作業をしていた。契約と同時に動くようプログラムされているようだ。窓を開けた。少し先にアーケードと広場のある通りが見える。きちんと植えられた緑が明るい日差しに照らされている。見上げれば快晴だ。(細かくプログラムされた人工の気象なのだが。そして、これも、もちろん我がゼフィロウの管理だ)
室内に目を移すと、幾種類かの葉をデザインした水色と緑色の壁のリビング、天井は薄ピンク色だ。その奥には透明素材が目立つハルタンの近代的なビルに対抗するように、個性的な数種類のタイルが組合わさったキッチンとバスルームがある。リビングのもう一つのドアの先は寝室とクローゼットルームだ。ハルタンのモニュメントがモチーフとなっているサンゴ色とベージュの壁紙、天井はクリーム色だ。柱や梁はどの部屋も白。ベッドも白。が、それですべてだ。あ、いや、キッチンには食品貯蔵庫もあった。私はバッグを開けて衣装をクローゼットルームのハンガーに掛け、靴を並べ、化粧道具の入った箱を取り出した。滑らかな金属製の箱は、花のレリーフで飾られている。敷いてある刺繍の布の裏には制作された工房名の入ったタグ。実はここに盗聴器が仕込まれている。自分の場所の安全を図る……染みついた習慣の一つだ。私は化粧道具の入った箱を鏡の前の引き出しにしまった。よし、買い物だ。
ハルタンの庁舎周辺とは趣を異にする店が並ぶシャーム通りを歩き、いくつかの店のウィンドウを覗く。その中で特に古めかしい一軒の前で足を止めた。ジャイアロという店の名を渦巻き模様が飾っている。通りに面する入り口はさして広くもなかったが、中には様々な空気をまとった品々が置かれていた。少しひんやりして薄暗い店内を、ところどころに置かれたランプが照らす。私はそのランプの明かりを受けてひっそりと置かれていたソファーが気に入った。光沢のある布製で落ち着いた金色、深い赤、そして天空の青のストライプ。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
奥から中年の、小太りの男が出てきた。この店の主人らしい。
「これにするわ」
私は言った。
「失礼ですが、お客様、お値段は確認なさいましたか?」
「あ、はい」
そんなものは見なかった。が、まあいい。
「それとあのテーブル、それとあのダイニングテーブルと椅子のセット、それと寝具の一式が欲しいの」
私は黒光りする木製のテーブル、小さなダイニングテーブルとイスひとつを指差した。
「ライト、ラグ、ファブリック選びは任せるわ。部屋はここ。運び込んで設置してもらいたいのだけれど」
さっき紹介されたばかりの不動産のデータを見せる。
「しかし、お客さん、かなりの金額になりますよ?」
「構わないわ。私のクレジットに請求して」
店主は上から下までじろじろと私を見た。何か、まずかっただろうか……にっこり微笑んで首をかしげて見せた。店主はそれでもじろじろ見るのをやめない。
「お仕事でこちらへ?」
「そうよ。営業社員なの」
私はさらににっこりして見せた。
「なるほど……こんなことを聞いては何ですが……会社の経費、ですか?」
「ええ、大体は。後は私の財産から。ハルタンに長くいることになるかもしれないし、ここが気に入ったの」
「趣味がいいだけじゃなく、あの、ずいぶん思い切りがいい。わかりました、あのソファーに見合ったものを選びます。ですが……もし、万一、あのソファーを手放したいようなことがあれば、またこちらで引き取りますよ」
主が商魂たくましいところを見せる。
「ありがとう」
疑われずに済んだようだ。私は店を出て、しばし住処となる建物が見えるカフェで昼食をとり、途中、保存のきく食糧を確保した。それを新居の食品貯蔵庫にしまう。それから、家具の搬入の際に骨董屋の主にまた不信感を抱かせることになるのを恐れて、念のため予備の鬘をバッグにしまって鍵をかけた。
まだ、日は高かった。
予約の時間になる。挨拶に行ってくるか。私は不動産会社に家具の搬入の便宜を図ってもらうことにし、空っぽの部屋を出て通りでエアカーを拾った。