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 私は大荷物を持ってゼフィロウのポート、シェルへ向かった。ハルタン行きのチューブは、途中ミアハとニエドのポートに寄り、五時間ほどでハルタンのポートP1に到着する予定だ。いくら科学技術が進んだセジュとはいえ、水圧のかかる海の中での公共交通は時間がかかる。私のオルクなら夢のようなスピードを実現できるが、目立つオルクで乗り込むわけにはいかない。他にはもう一つ、新システムの高速チューブ、デミウルゴスを使うという手もある。しかし、速くて快適な旅ができるが、そのかわり運賃は五~六倍ほどに跳ね上がる。中堅会社の一社員としては、従来型のチューブで移動する方が自然だ。乗車の際の認証は、ヴァンの作ったブレスレットから発せられる偽の思念がセシル・フレミングとして上手く働いた。(もちろん、こうでなくては困るが)私の大きなバックの中身は、ほとんどが時代がかったスーツや靴といった衣裳、そして予備の鬘と化粧品だ。もう一つの大きい荷物、私のオルクは一足先にハルタンの総領事館へ送ってある。

 ハルタンは医療に特化した核。その領主ロマン・ピート。彼の周囲は父親ゲラ・ピートの代からの経験豊富な側近が固めている。そのため、ハルタンは抜け目なく核の運営を行い、レンでの発言権も増しているという。まあ、油断なく自分の核の発展を計算するのはどこも同じだが。

『本音は容易に口に出さない。自分の核のためになるなら、知っていることも知らぬと言い、やったこともやらぬと言う。これは我ら領主の常識だ。事実の陰にどんな秘められた思惑があるのか、言葉で尋ねても答える者はいない。自分で探し出すしかないのだ』

 いつか父は言った。若くして領主になった父エア・ファマシュにとって、領主とは悪夢のような道であったにちがいない。愛する妻、それに姉とその夫(私の実の両親のことだ)……父が失ったものは想像を絶している。

『それでもやらねばならぬ。アエルからもらった命だからな』

 私はあの深い笑みが忘れられない。


 きっかり五時間後、チューブはハルタンのポートに着いた。

 ハルタンの旅客用ポートP1は明るく清潔感にあふれていたが、多少殺風景に感じるのは私だけではあるまい。私はあたりを見回した。広い透明な壁の向こうに、堂々としたハルタンの庁舎が見える。その足元から規則正しく広がった町、同じような間隔で緑も見える。総領事館の話では、ハニヤスは自分の屋敷に入り、甥や、その仲間の訪問を受けたり、甥の家に出かけたりしているらしいが、気になるのは、ハニヤスがハルタンの治安部から監視されているというところだ。治安部職員が交代で屋敷の周りをうろついているのだという。ハニヤスから直接その理由を聞きたいところだが、まだ、何も語る気はなさそうだ。となれば、ハニヤスの身の安全は総領事館に任せ、こちらはハルタン治安部に潜り込むことが先、まずは住処探しだ。私はY&Kの社員が以前滞在したところを当たってみることにした。

 ポートを出てブレスレットに仕込んだセシル・フレミングの思念を使い、エアカーを呼んだ。エアカーに不動産取扱い業者の情報を入れる。ブレスレット型のセシル・フレミングの思念発生装置は順調だ。私自身の思念は、用心のため公には使わない。私はチェーンに通してネックレスとして身に着けている婚約指輪に触れた。指輪にはゼフィロウ領主の紋章の赤い目を象る二つの赤い石の他に、ヴァンが開発した人工の石がはめ込まれている。ヴァンの石は、離れていても私の思念を愛機オルクに伝えるようにできている。

「ヴァン、最高のプレゼントだ」

 この指輪をもらった時、私は本当に嬉しかった。ヴァンは得意になり、そして少し照れ、それから真顔になった。

「過信するなよ。その石がお前の思念に反応できるのはせいぜい一つの核の中か、その周辺の海中までだ」

 ヴァンは今も口を酸っぱくしてそう言っているが、素敵なプレゼントであることに変わりはない。そうそう、私の単車(と言うには段違いに高度なものだが)のオルクもヴァンの作品だ。

 大きな集合ビルの前でエアカーは止まった。ビルのエレベーターで表に案内されていたオフィスまで行く。中に入ると数人がデスクに座って仕事をしていた。

「いらっしゃいませ。ご用件を伺いましょうか?」

 一人の若い女性が立ち上がり、まじまじと私を見た。好意的に言えば古めかしい、率直に言えば野暮ったいこの中年女性にまごついている感じだ。

「部屋を探しています」

 私は言った。

「あ、はい。条件は?」

「私はゼフィロウのY&Kネット社の者です。本社からこちらに派遣されましたの。以前こちらでY&Kの社員に部屋を貸しましたね? 同じような物件があったら紹介してください」

「ああ、わかりました。すぐにお調べします」

 電脳に問い合わせた女性はすぐに顔を上げた。

「いくつかありますわ」

「見せていただけますか?」

 出された物件を眺めた。どれを選ぶべきか迷っていると女性が言った。

「こちらはいかがでしょう? お値段は張りますが、ポートにも庁舎にも近くて、お仕事には便利です。ビルも新しくて、いい物件ですわ」

「そうね、でも、暮らしやすいところの方がいいわ。住宅街とか?」

「ならば、庁舎からは一番離れていますが、こちらはいかがですか? 洒落たアンティークのお店やカフェが並ぶシャーム通りにありますし、サブウェイの駅も近いですよ」

「そこにしてください」

「一年契約でよろしいですか?」

「はい、それでお願いします」

 必要事項を登録している間に、女性は借りた物件のドアにセシルの思念を認識させる操作をした。

「よい滞在を。お仕事がうまく行くことをお祈りいたしますわ」

「ありがとう。ハルタンに住むのは初めてなの。楽しみだわ」

 私は女性に感謝してビルを出た。


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