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間もなくヴァンが治安部の本部に持ってきたのは、Y&Kネット社の資料だった。
「ハルタンの庁舎に関わりのある企業に当たってみた。Y&Kネット社は、近々ハルタン治安部の電脳のメンテナンス、および新製品の提案をすることになっている」
「そのY&Kネット社の社員の座を一時借り受けるということだな?」
「ああ。名前はセシル・フレミング。架空の人物だが、認証の方は問題ない」
「認証か……手立ても用意してあるんだな、ヴァン?」
「任せてくれ。が、認証以外にも、すぐにラビスだとばれないように多少の細工は必要だろう」
「多少の細工か。そうだな」
「それと、セシル・フレミングはメンテナンスもこなすが、営業担当社員ということになっている。それなりの営業活動はしてくれよ? メンテナンスについて当たり障りのないことを言ったら、忘れずに新システムの提案もするんだぞ?」
「わかっている。営業は得意だ」
私は頷き、多少の細工をすべく治安部の衣裳部屋に行った。
ファマシュ家の潜水艇の管理と操縦を担当するエレンが、潜水艇の並ぶ地下の専用ポートに続く廊下を歩いていた。その足が止まる。厳しい顔で口を開きかかって、やがてその顔が驚きに変わった。
「あの……まさか……」
「何でしょうか?」
私はエレンに顔を向けた。エレンは私の艶のない白髪の混じった短い髪に目をやったが、意を決したように言った。
「ラビスミーナ様ですね?」
私はがっかりした。
「だめだったか」
「やっぱり」
「なかなかいいと思ったのだが」
「どういうことです?」
「仕事」
「それで、そんな恰好を?」
「ああ、うまく化けたと思ったので、エレンを騙せるかと思ったのだが」
「もう少しで、どなたですかとお聞きするところでしたわ」
「うむ。それじゃあ、何でわかったんだ?」
「それは……近くでお姿を拝見していますもの。騙されるわけにはいきませんわ」
「まだまだ修行が足らないということだな」
私はがっかりし、エレンはくすっと笑った。
「少し歩いてみてくださいますか? その女性になったつもりで」
「いいとも」
歩き、振り返り、おまけにくるりと回ってみる。
「最後は余計ですわ。でも、うまくラビスミーナ様らしさを消していらっしゃる。まず、気づかれることはないでしょう。ですが、思念での認証はどうなさいますの? 思念は指紋と同じ、嘘はつけませんわ」
セジュでは様々なことに思念を使う。思念とは個人の人物が念じる時に脳に発生するわずかな電気信号のことで、それは指紋と同様、他人とは微妙に違っている。その人物の認証はもちろん、身の回りの機械類や所属する組織のドアから電脳まで動かすのは各自の思念によることが多い。
「ああ、それか。架空の思念を用意する。それを使う」
「架空の人物の思念? そんなことが……」
「うん、企業秘密だが、できる。その思念は記録媒体に入れておき、必要な時に発信させる」
「ヴァン様ですか?」
私は黙って笑った。
「まあ……でも、それは違法行為になりませんの?」
エレンは声を潜めたが、すぐにまた、くすりと笑った。
「まあ、ラビスミーナ様が違法行為に引っかかるとは思えませんわ。告発する方が気の毒です。が、それにしても……」
エレンは、がっかりしたような目で私を見た。
「ラビスミーナ様だと気づかれなければいいのでしょう? 服装はともかく、せめて、そのお化粧は何とかなりませんか? 肌のつやを隠して、皺まで見えますわ。厚化粧はともかく、皺まではやりすぎでは?」
「これでいいんだ。さて、早速出かけて住処の調達でもしよう」
「ゼフィロウの外ですね。でも、ご自分でなさるのですか?」
エレンは少々疑わしい顔をした。
「そうさ、向こうで何か聞かれた時にうまく答えられないと困る。ついでに、もろもろ買い物でもして……」
「ラビスミーナ様、楽しそうですわ」
「そうかな? ところで、私がこうしてもぐりこむことについては誰にも知られたくないんだ。偽の思念についても、この恰好についても、絶対秘密だ」
笑みを浮かべて頷いたエレンだったが、すぐに真顔になった。
「くれぐれもお気をつけて。無茶をなさらないでください」
「わかっている。ありがとう」
「わかっているって……どの程度わかっているのでしょうね。お戻りになるまで、気が気じゃありませんわ」
少し前かがみになって歩いている(この外見に合わせた演出だ)私の背に向かって、エレンが遠慮なく言った。