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さて、どこから始めるか。情報部に話を通すべきか? 議長には? しかし、彼らが好意的な反応を示すだろうか? 怪しいものだ。なんだかんだと難癖をつけられているうちに、遅きに失したらどうする? 私のハルタン行きについては、いざとなれは父がのらりくらりと言い訳をしてくれるだろう。(父にはこの才能がある)よし、黙って行こう。だが、まあ、最高会議を敵に回さないよう、目立ったことは慎まなくてはならないな。ということは……
私は研究者が集まるゼフィロウ城の地下に向かった。城の地下には城専用のポートやドック以外に、広大な実験・研究施設があり、多くの研究員が働いている。ほとんどが自分の仕事に精を出しているせいで私の存在に目を止めないが、中には気が付く者もいる。
「ヴァンさんならC-4にいますよ」
聞く前に教えてくれた研究員に軽く頷くと、ずらりと並ぶ研究室の中の一つ、C-4研究室のドアをノックした。
返事はない。
「ヴァン、いるか?」
やはり反応はない。私は礼儀は棚上げにし、ドアを開いた。
ヴァンは顕微鏡に覆いかぶさるようにして覗いていた。
「ヴァン」
「あ、ラビス。何か用?」
素っ気ない。が、いつものことだ。
ヴァン・パスキエ。私のいとこで、今は婚約者でもある。茶色の髪はぼさぼさで、身なりもシャキッとしていないが、これもいつものことである。それでも私を見つめるヴァンの瞳は澄んで美しいし、一緒にいると、この上なくくつろいだ気持ちになれることも確かだ。
「ヴァン、頼みがあるんだ。私はこっそりハルタンに行ってそこの治安部を覗きたいんだが、お前のつてで何とかならないか?」
「こっそり?」
ヴァンは眉を寄せた。
「そういうことは情報部に任せるべきじゃないのか?」
「それはそうなんだが、情報部の邪魔はしたくない」
「そう言えば聞こえはいいが、情報部には内緒か? ばれたら怒られるぞ?」
「イアンにか?」
「彼はねちねち言いそうだ」
「ばれないようにすればいい」
「ばれないようにって……」
ヴァンは疑わしそうな顔をした。更に不満もあるようだ。
「やってくれるのか?」
「何をする気だ?」
「うん、最近門外不出のメヌエットが持ち出されたことは知っているな?」
「ああ、ジャンから聞いているよ。俺ばかりか、エア様も調べられるらしいな」
「そういうことだ。レンの連中が来たら、せいぜい付き合ってやってくれ」
「お前だって調べられるんだろう?」
「もちろん、そうだ。私の行動についてはグリンが話すだろう」
「取り調べに協力しない気か?」
「いや、まあ、直に話さなくても調べられるし、どうしてもと言うなら一時戻ってもいい。問題があれば、父上が何とかするだろう」
「どういうことだ?」
「メヌエットの行先は、ハルタン。ハニヤスも何か嗅ぎ付けたのか、ハルタンにいる。父上の許可は取った。いろいろと様子を見に行ってくる」
「いろいろとって……第一、あのハニヤスがそんな情報部まがいなことに興味があるとは思えないな。どうして今回ばかり、ハルタンに行ったのかな? 確か、ハニヤスはハルタン出身だったけど、ハニヤスがゼフィロウを出ることは滅多になかったのに」
「私もわからない。だから、行くんだ」
「エア様が許可を出したんだな?」
厳しい顔のヴァンに、私は頷いた。
ヴァンはため息をついた。
「で、ハニヤスの目的もメヌエットの行先も気になるが、何故、ハルタンの治安部なんだ? 受け取り先は製薬会社じゃなかったのか?」
「そっちは情報部が調べている。ただの製薬会社ではないはずだ。あのチップに手を出したのだからな。そして、ハニヤスが今になってわざわざハルタンに出かけて行ったのも、今回のことと何か関係があるのかもしれない。そうだ、ハニヤスは領主の親戚筋だそうだ」
「そうだったのか。ちっとも知らなかったよ。いや、今はそんなことじゃない。ラビス、まさか、ハルタン領主が関係しているっていうのか?」
「そうでなければいいと思っているだけだ」
「だけど、もし、そうなら……」
「あちらの治安部が知らないなんてことがあるだろうか?」
「わかったよ。すぐに手配するけど、ジャンを通さないってことは、ジャンにも知られたくないってことだな?」
「そう、今回私は父上の意を受けて動くから、あえて最高会議のメンバーに知らせる必要はないと思うのだ」
「または、知られない方がいいと?」
「情報部やハルタンの総領事館で今回のことが事足りるようなら、それでいい。その時はハニヤスの無事を確認して早々に引き上げるよ」
「そうか。気に入らないが、エア様からの話では断りようがない。後で治安部に顔を出す」
「ありがとう、ヴァン」
「ラビス」
「うん?」
私はヴァンとキスすると治安部の本部に向かった。