12
「ラビス、どうした?」
「いえ」
「そうか?」
私を窺う父の顔にちらりと影が差す。
「父上こそ、何か気がかりでも? そういえば、会議でハニヤスの名が出ました。ハニヤスが城から姿を消したと」
「なるほどな」
父は苦い顔で言った。ハニヤス・レンバ……実際の年齢は知らないが、ハニヤスが父よりもずっと上であることは間違いない。ハニヤスは父が学生の時に知り合った古い友達で、私がこの城に引き取られて来た頃には、すでにここに住んでいた。
白い髪と白い髭。たいそう小柄で、その背は父の胸あたりまでしかない。ハニヤスは父と語り合い、酒を飲むのを楽しみにしている。普段は、気の向くまま城の中を巡り、そうそうお目にかかることはない。ハニヤスの特徴は計り知れない知識を持ちながら、人に負担や気構えを起こさないその存在の軽やかさだと思う。
「ハニヤスはメヌエットが盗まれ、ハルタンに送られたことを知っているのでしょうか? ハニヤスがハルタンに行ったということから、ハニヤスがメヌエットの盗難に関わっているのではないかと仄めかすような発言さえありましたが」
「馬鹿な」
「ハニヤスがハルタンに向かったのは、具体的には、いつです?」
「メヌエットのことが発覚する二週間ほど前だ」
「しかし、何故また急にハルタンに……?」
「ああ。滅多にこのゼフィロウを出ないハニヤスが、ここを出た。何かわけがあるはずなのだが」
「ハニヤスは父上に何も言わなかったのですか?」
「しばらくぶりに甥に会うつもりだと、それだけだ。そうだ、ラビス、お前はハニヤスのことをどれだけ知っていたかな?」
「改めて聞かれると……ほとんど知りません」
そう言えば、ハニヤスの存在に慣れすぎていて、彼が普段何をしているのか特別考えたことはなかった。この城にいるのはわかっているが、神出鬼没なのだ。
「ハニヤスは海洋気象学者なのだ」
父は話し始めた。
「ハニヤスは海水温、成分、流れの方向や強さ、火山活動……あらゆるデータを日々記録している。お前はセジュの気象は我らが地上にいたころの気象をランダムに選び、それを再現していることを知っているだろう。ここセジュの気候は、その当時の人々が日々正確に記録をし、我々に遺してくれたその努力の賜物なのだ。その当時、彼らはまさか彼らの子孫がこんな形でその記録を利用するとは思わなかっただろう。だが、記録して遺してくれた。金にも、名誉にもならないことだ。記録など、誰にでもできると言う者もいただろう。だが、周りからそう思われながらも、それを欠かさず続ける。それがどんなに尊いことであったか……世の中が便利になると、人はそれだけ自分の力が増したと思う。このゼフィロウも新しい科学技術を生み出し、それを役立て、金にする。それをうまくやればやるほど、多くの人の、そして、核の指導者たちの注目を集める。そのための科学であろうと錯覚する。が、私が真に金を払い、守りたいのはハニヤスのような仕事なのだ。人は真摯に自然に向き合っている以上、道を外れることはないと私は思っている。自然は複雑であり、人が思いもよらないことを起こし、人というものがいかに浅はかであるかを教えてくれる。私はあらゆる装置、人材を彼のために用意する。私はハニヤスを尊敬し、彼らのような基礎科学を行う者を守りたいと思うのだ」
普段取り澄ましたベールの下に隠している父の情熱が溢れ出る。しかし、そこに一抹の不安も見えた。




