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「リン……」
マリアはリンを見つめていた。おばば様が頷く。
「そうか。ところで、今回の騒ぎは、お前さんが前の自分の亡骸を海底に沈めたことから始まったのだが……何故、セジュのやり方にしなかったのか?」
「それは、ちょっとした気まぐれを起こしたからです。セジュでは体をわざわざ科学の力を使って小さな分子原子にする。そんな必要はあるだろうか? それは大方の者から好まれるか、社会にとって都合がいいからなのだろうが、自分は、この体を一つの生物として、この海に、この星に、いや、もっと大きなものに帰してみたい、と思って」
「なるほど、もっともな話じゃ。ならば、わかるであろう。リン・メイよ、我々はクローンを認めていない」
「はい。医療用に培養される臓器器官を除いては」
「それにサイボーグ化も勧めていない」
「はい。体の一部を失った人の機能を補う以外は」
「それは、どうしてであろうな」
「このセジュの秩序を保つため、ですか?」
「秩序か。確かに、それは大きい」
「命そのものにかかわるからですか?」
「そうじゃ。わしらは先の見えない、命という道を歩いている。我らはいつか意識を持ち、思念を使うようにもなった。だが、体と心は一つじゃ。だから、体を失っては、本来とは別物となると考えてよかろう。たとえ、脳細胞がこれは自分なのだと言ってもな。体と意識が別々になれば、ちっぽけな脳細胞は迷路にはまる。自分は何者なのかと。それに振り回されることになるのじゃが、その点、体は正直じゃ。分をわきまえている。それでいいのじゃ。あとは自然に任せて、手放せばよい」
「ですが、私はまったく前の私と同じ私です。以前経験したことも記憶として残っている」
「ああ、お前は我々と違った道を歩み始めた。だが、誰が何と言おうと、相変わらず我らの同族でもある。我らとの間に子孫を残せるのだからな。お前の子孫たちがこのセジュの一部をなす時もやってくるかもしれん。新しく力を伸ばすお前たちの子孫と以前からのセジュ人の間で激しい争いが起こるかもしれん。どちらかが袂を分かって、新しい天地を求めて旅立つかもしれん、かつての我らの祖先のようにな」
「それでよいと?」
「良いも悪いもあるまい。我らは神ではない。知恵を絞って、体を張って、道を開くしかないのだから」
「ここに置いていいのですか、 禍の種になるかもしれない私を?」
「禍かどうかはわからぬが、お前が種であることは確かじゃな」
「種か」
「心配するな。誰もこの神殿には手を出せん。わしの後も」
「ガルバヌム様の後?」
「わしとて不滅ではないよ。お前と違って、いつまでも若くいられるわけではないのだ」
「では、私は……」
「そろそろあの子が戻って来るじゃろう。わしの後を継ぐことになるあの子がな」
「その人は今どこに?」
「地上じゃ」
「地上? そんなことが……」
「ああ、実際に行ったのだ。父はセジュ人、母は地上人だ」
「それは、アエル様のお子では? ゼフィロウの領主、エア様と」
マリアが言って、慌てて口を押えた。
「そうじゃ、マリア。アイサは地上人とゼフィロウ領主の間に生まれた娘だ」
「ラビスミーナ……」
マリアは私を窺った。
「私の大事な妹だ」
「ラビスは命よりあの子を大事にしている」
「まあ」
「あの子もここで育ったようなものじゃ。ここは、セジュの、秩序では収まりきらないものの家でもあるのだよ」
「ならば」
リンがまっすぐに大巫女ガルバヌムを見た。
「そうじゃ、ここはお前の家じゃ。マリアも気兼ねなくここにやって来るがよい」
「大巫女様、ありがとうございます」
「感謝いたします、ガルバヌム様」
マリアとリンがそれぞれに答えた。