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 我らはそれぞれP1を立ち、神殿に向かった。私はオルクで、マリアとリンはリンの潜水艇で、だ。あのオメガを所有するリンのことだ。どんな潜水艇で神殿にやって来るのか楽しみだった。

「ラビスミーナ」

 神殿のポートに大巫女がいた。

「速かったな、ラビス」

「おばば様自ら迎えて下さるなんて、どうしたのです?」

「ふっふっ、たまにはお前と神殿まで歩くのもよかろう」

「そうですね」

 巨大な白い石。その単純なプラットホームにオルクを置いて、私は大巫女ガルバヌムと神殿へ続く道をたどり始めた。葉を揺らす風、その枝先から幹、草地に窪地、その奥にひっそりとある沼地。耳を澄ませば小動物の気配がする。

「人類は生物の歴史の中で急速に進化した。その歩みをみて、終焉が待っているのを感じる者もいる。セジュには、まずまず富の分配がうまく行き、穏やかに暮らすことができるというメリットはあるが、人間の競争心、闘争心、知への探求心、好奇心がどう働くか……このあたりが難しいところだな。お前はどう思う、セジュは長く続きそうか、ラビス?」

「難しく考えるのは、おばば様やアイサの仕事でしょう?」

「そうか。だが、我らは同じものを見ているのだ」

 大巫女は言った。

 神殿に入り、くつろいでいるところにリンとマリアの到着が知らされた。私は早速モニターに神殿のポートを映し、リンの潜水艇を確認した。個人所有にしては大きい。四、五人乗りといったところか。流線型のフォルムはスピード重視に見えるが、オメガを持つリンのことだ。それだけではあるまい。

「ラビスミーナ様、お客様が到着されました。大巫女様がご案内して皆様ラビスミーナ様をお待ちです」

「すぐに行く」

 私が神殿の応接ともいうべき部屋に入ると、マリアが緊張した顔を向けた。

「私も神殿に入れるなんて……大巫女様にじかにお会いできるなんて……」

「緊張することはないさ。取って食われることはない」

「そんなんじゃないわ」

 マリアは慌てて言った。

「そうじゃ、楽にしなさい。しかし、リン・メイ、ここにお前さんのような者を迎えることになるとは……長生きはするものじゃ」

 おばば様は細めた目をリンに向けた。

「気が付くと脇の下にほくろのようなものができた。それがやがて大きくなって胡桃ほどの大きさになったころ、体がだるくなり、横になることが多くなった。心配した母がこの僕の前の前の僕、最初の僕をトゥヌ・クルヴィッツ医師に見せた。脇の下の腫瘍も調べられた。クルヴィッツは驚愕した。腫瘍と見えたものの中にあったのは胎児だったのだから。一緒に画像を見た母も驚愕したが、即座に別の危険、貪欲な医師たちの好奇にさらされる僕の運命を察知した。クルヴィッツは母にいくつかのサンプルを取ることを持ちかけ、母は日を改めて会う約束をすると、職場に戻り、すぐに長期休暇を申請して新しい家を見つけた。セジュではプライバシーは完全に守られる。一般的には。それは、ハルタンでも同じだ。それで、上手くクルヴィッツから逃れたのだ。科学者でもあった母は、畑違いではあるが、僕のような形で子供を持つ生き物を調べ、役に立ちそうな情報を集めた。それは植物で言えば鱗芽りんがに最も近いと思われると母にも、僕にも思えた。やがてリンゴほどに大きくなったその芽が体から離れると、幾分楽になった。体に力が、以前以上の力が戻ったように思えた。このときの僕は、自分がしなくてはならないことをはっきりと知った。育てなくてはならない。この芽を、新しい自分を」

 皆黙っていた。おばば様がゆっくりと頷く。

「母と僕はすぐに鱗芽(脇から離れた僕の前の僕)をカプセルに入れ、必要な酸素を送った。やがて殻を破って生まれた胎児は、カプセルの中で成長に必要なあらゆるものを与えられ、成長していった。生きている。が、まだ、目を開けない。しかし、オメガに管理されたカプセルの中の体はどんどん栄養を要求し、しきりに体を動かして、赤ん坊から、子供になっていった。母と最初の僕はカプセルの入った次の僕を連れて母の実家に戻った。やがてカプセルの中の子供が僕そっくりの男になると、その頃には最初の僕はもう死が近いとはっきりと感じ始めた。そんな中、クルヴィッツが母の居所を突き止めた。クルヴィッツは母のもとにやって来ては、言葉巧みにあの時の胎児はどうなったのだと聞いた。もちろん、母は、あれはそのまま取れて腐ってしまったと答えた。残ったのはもう死にかかった最初の僕だけだ。クルヴィッツはその僕に会いたがったが、母はそれを許さなかった。僕は自分できっぱりと断ってやりたかったが、もうその体力はなかった。後で知ったことだが、クルヴィッツはそのころから頻繁に母を訪ねて来て、卑劣にも病がちだった母に薬と称して遅延性の毒を飲ませていたらしい。いかにも親切そうに母を介抱して、僕が一人遺されたら僕を騙してこの体を使おうとしたのだ。ところが、毒と承知で母は薬を飲み続けた。考えがあったのだと母は死にぎわに言った。思いつく中では一番の方法だったと。『私には終わりが来る。だからこそ、あなたを守ってあげられる』母は囁いた。母は気丈にふるまって、まだしばらく大丈夫なふりをしてクルヴィッツを騙し、祖父母には、自分が死んだら必ず僕の遺体とともに自分の葬儀を行ってくれと言い置いて死んだ。すべてを聞いていた祖父母は、後を追うようにして死んだ僕と母の葬儀を一緒に済ませた。母の体と一緒に最初の僕の体が分子となり、海に帰った以上、クルヴィッツに手出しはできない。そして彼は、次の僕がすでに全てを知って生活を始めたことを知らなかった。そう、全てを知って、だ。特に語られたわけでもない。なのに、知っている。だから僕も、遺体となった前の自分を海中に沈めても、自分がいなくなったという気がしない。僕はここにいる。母とともに葬儀を行われた初めの自分、海の底で別の命と同化したその次の自分は何だったのだろう? 人は自分の体を離れた爪や皮膚が焼かれても自分が焼かれたと思わないだろう。それと同じと言ったら変だろうか? だって僕はあらゆることを覚えている。母と過ごした日々、そして別れの言葉一つ一つを。バナムでピアノを弾いていた日々も、オメガと暮らした日々も。魂があると言う人がいる。それは不滅で、まどろみの後また目覚めるのだと歌う詩もある。僕の場合はどうだろうか? 僕は初めから僕の魂がここにあり、同時にかつての僕なのだと感じる。寸分たがわぬ記憶、体。それでも疑うなら、僕にはもう答えようがない。結局、神のみぞ知る、なのです」


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