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メヌエットを悪用しようとした今回の事件についての検証はすんなりと行われた。シナ・ヒビヤルド(すでに死亡)、ジョセフ・パイアール(すでに死亡)、オラヴ・エッレル、フリードリヒ・ハイダーの罪は明白だった。彼らはセジュの法によって裁かれることになる。ゼフィロウでは、レンとネスト治安部から捜査資料を入手したゼフィロウ治安部がルイーズ・ベネット殺害でパイアールを起訴している。トゥヌ・クルヴィッツおよびヨーク・ローツ殺害についてもグリンが指揮を執り、パイアールの有罪が決定するだろう。同様にヒビヤルドもルイーズ、ヨーク殺害の件ではハルタンで罪を問われることになる。
だが、現領主の処遇では、レンでの会議は紛糾した。エッレル、ヒビヤルドに騙されたととらえる領主たちは、ロマン・ピートに同情的だった。もともとあくどい性格ではないだけに、なおさらだ。しかし、騙されたのなら、それはそれで問題だった。一つの核を率いる領主が、騙されましたでは済まないのだ。
結局、ロマン・ピートは領主を降り、新領主が選ばれることになった。ピート家には子供がいるが、まだ幼い。そこで、ハニヤスら親族が集まって会議が行われた。選ばれたのは、ハニヤスの甥ケン・カップだ。本人にとっては青天の霹靂だったようだが、血筋からいえば、問題はなかった。温厚で人をまとめる才能があり、広く人々の意見に耳を傾けるので、彼に取り入るのも難しいだろうということだ。
リン・メイの存在については、関係者は戸惑った。そんな彼らに大巫女は思い起こさせた。『ここセジュでは古より自我を失うような、または人格を変えるような治療は避けられてきた。また、自身と同一のクローンの生成も許されていない。自己の細胞の培養を行って利用するという一部の医療行為が許されるのみである。これは限られた命を、よりよく生きるための知恵だったはずじゃ』と。確かに、これはセジュの基本となる考え方だった。これを覆すには、セジュの人々の長い協議が必要だ。『忘れてはならぬ。我々はあらゆるものの命のバランスの上に成り立っている。我々の命は微細な命たちの肯定の上で成り立つものである。自分たちは特別だなどと驕ってはならぬ。命の形を受け入れなくてはならぬ。さすれば、他者の命の形を尊ばねばならぬことは自明の理じゃ』リンの扱いについては、大巫女はこう言って、神殿にリン・メイの籍を与えると宣言し、彼の権利を誰も犯してはならぬと各方面に釘を刺して神殿に戻って行った。やはり、こういうことはおばば様が収めるに限る。
レンでの手続きを終えたリン・メイ、そして、彼を待っていたマリアと私のもとにシュターンミッツ長官がやって来た。
「ラビスミーナ殿、セジュ王リョサル様からの伝言だ。お世話になったと」
「リョサル様なら、わかってくださると思っていた」
「ああ。それと、ガルバヌム様は、リン・メイ殿、マリア・ラデュー殿を神殿にお招きしたいそうだ。ラビスミーナ殿もご一緒にと」
「そのつもりだ。長官……」
「わかっている。部下のことは申し訳なかった」
「人の考えは様々だ。それはその人のものだ」
「随分穏当じゃないか」
シュターンミッツは本能的に半歩引いて私を窺った。
「だがな、レンの職員である以上、人間の権利に鈍感な奴には考えを変えてもらわねばならない」
「努力する」
「お互いに、な。それと、アロ・タンベレのことだが」
「ああ、タンベレはレンに戻る。新しいハルタン治安部長テオドール・アッテンボローと、タンベレの上官だったダン・マイトの推薦でな」
「そうか。配属は?」
「長官室だ」
「おお、それは」
「ラビスミーナ殿が高く買っているからな」
シュターンミッツ長官は笑った。
「今度のことはアロが律儀に報告したことから始まったのだ。あの要領の悪さがアロの持ち味だ」
「褒めているのか?」
長官が目を丸くする。
「もちろん。必要な人材だ。特にレンのようなところでは」
「楽しみだ」
「ああ。では、シュターンミッツ長官、また」
「ラビスミーナ殿、今回のこと、感謝している。それと……」
シュターンミッツは私の背後を見た。
「リン・メイ殿、あなたの幸福を祈ります」
リンは黙って頷いた。