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「オラヴ・エッレル卿、ご自宅にご案内願えますか? そして、そのリン・メイという者はどこに? 確か、ラビスミーナ殿のお話ではヒビヤルドを殺害したということですが?」
幾分冷静さを取り戻したファージが言った。
「リン・メイは正当防衛だった」
「ラビスミーナ殿、それはこの後レンではっきりするでしょう。まずはリン・メイを確保しなくては」
「リン・メイの身柄は総領事館で預かっております」
マルトが答えた。
「では、エッレル卿のご自宅を調べさせていただいた後に、ゼフィロウの総領事館に伺います。リン・メイの身柄は正当防衛が立証されるまで、レンで預からねばなりません」
それが筋なのだろうが……マリアを心配させることになる。
「ラビスミーナ様」
マルトに促された。
「ああ」
ハイダー治安部長、ロマン・ピートはレンの監視下のまま城に残り、我々はエッレルとその自宅に向かった。エッレルの自宅は立派ではあったが、人手が入っておらず、さびれていた。
家を預かる小男が出て来て、目を丸くした。
「旦那様、これは、いったい……」
エッレルは答えなかった。代わりにファージが言った。
「見せていただきたいものがあるのだ。私はレンのマルコ・ファージという者だ」
「は、はい」
上目づかいにエッレルを見るものの、エッレルは視線を合わせようとはしない。
「メヌエットはこっちだ」
ハニヤスが先を歩いた。ホールから時代がかった広い螺旋階段を上り、迷いなく回廊を歩く。その時だった。エッレルが恐ろしい形相で家を預かる小男を睨んだ。
「お前はこいつを家に入れたのか?」
「いいえ、旦那様、そのようなことは決してありません」
小男は震えあがった。
「ならば何故、こいつはあたかも自分の家のように私の家の中を歩き、メヌエットが私の亡き妻の電脳の中にあるのを知っているのだ」
「ふふ、エッレル、そうか」
「何のことだ?」
「お前の家にメヌエットがあること、それは確信していたが、私は確かめたわけではない」
「何だと?」
「確かめたわけではないから、どこにあるかまではわからなかった。今、お前が教えてくれた」
全てわかっていたわけではなかったか。イアンを見ると申し訳なさそうに肩をすくめて見せた。打ち合わせ通り、というわけか。ハニヤスめ、やはり、侮れない。
「昔、この屋敷を訪れたことがある。代々この家の妻の書斎はこちらだったかな?」
ハニヤスは主の書斎の立派な扉の先にある優美な扉を開いた。色あせたファブリック、うっすらと埃の積もった調度品。
「オラヴ、あなたの妻マリが死んでから久しいな」
ハニヤスは黙り込んだエッレルにそっと言った。丸みがかった大きな机の上に電脳がある。ハニヤスはそこからメヌエットを引き抜いた。
「エッレル卿、そして城にいるハイダー治安部長、ハルタン領主ロマン・ピート様にはレンにお越し願わねばなりますまい」
ファージが重々しく言った。
「旦那様、私はどうすれば……」
もはや抵抗することもなく、無表情となってファージに従うエッレルは何も答えない。留守を預かる男は呆然と我々を見送った。
ファージに連絡が入り、ファージはマルトと私に言った。
「ヒビヤルドの研究室で、壁の中に隠された電脳が見つかりました。それにメヌエットの使用履歴がありました。ゼフィロウの方々の仰る通りでしたな。後はそちらの総領事館にいるリン・メイを連れて行けば我々の任務は終了します。ご協力に感謝いたします」




