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「コノ トビラノ ムコウニ リンガ イル」

「わかった」

 マリアを背後にして、扉の錠を短剣で焼き切った。同時に防御のために短剣をかざす。扉がゆっくりと開いた。そこにいたのはリン・メイ、そして体格のいい、白髪の男だった。その男の顔は広く知られている。問うまでもない。シナ・ヒビヤルドだ。

「リン」

 マリアが叫んだ。

「おやおや」

 ヒビヤルドの彫りの深い面長の顔に余裕の笑みが浮かんだ。

「ラビスミーナ・ファマシュ……どうやってここまで来た?」

「ここはただの医療施設にしては手が込んでいるから、少々時間がかかってしまった」

「パイアールは追わなくてよかったのか、ゼフィロウの治安部長殿?」

「ああ、パイアールは返してもらう。大事な容疑者だ」

「容疑者か。だが、パイアールは何も語れぬ」

「どういうことだ?」

「どうやら、パイアールは非常用の通路を使ったようだが、気の毒なことに、あの先は二酸化炭素の充満した密室だからさ」

 ヒビヤルドは肩をすくめた。

「殺したのか?」

「事故だ」

「そんなわけがあるか」

 アロが叫んだ。

「詳しいことはあとだ。ヒビヤルド、お前に用がある。同行してもらおう」

「馬鹿なことを言うものだ。何を根拠に私を連行する気かね? 私はこれからのセジュにとって、なくてはならない存在だ。気を付けないと、たとえゼフィロウの治安部長でも後悔することになると思うが?」

「お前がセジュにとってなくてはならない存在だと?」

 顔をしかめるアロに、ヒビヤルドはあざけるように答えた。

「そうさ、私はな、最初からリン・メイの胚芽が腐ってなくなったなどとは信じていなかったのだ。クルヴィッツはすっかり騙されて諦めていたが、私は諦めなかった。領主ピート家の親子は私を信じ、全面的に協力してくれたよ。一月ほど前に巡視船にあの遺体が撮影されたことをハイダーから聞き、私は確信した。ついに見つけたと。ようやくその時が来たのだと」

「畜生、俺は、お前の野望の片棒を担いでしまったのか」

「ふふ、感謝するぞ、アロ・タンベレ。これから私はセジュの医療を一新する。今まで停滞を余儀なくされていたクローン技術を大きく前進させ、私はセジュの中で最も偉大な研究者となるのだ。それでも私に手を出せるかね? セジュの未来をつぶすことになるぞ?」

「クローンの研究には、レンの厳密な審査が前提条件だ」

 アロがヒビヤルドに詰め寄った。

「そんなものはどうにでもなるのさ」

「さて、それはどうかな? それに、お前の実験とやらはこのリン・メイを利用してのことだろう? しかし、誰であっても、リン・メイを研究材料にする権利はない」

 私は言い、マリアが続けた。

「そうよ、リンはあなたになんか協力しないわ」

「随分と威勢がいい。まあ、マリア・ラデュー、お前のおかげでリン・メイを手に入れられたわけだから、お前にも感謝しなくてはならないな」

「リン、帰りましょう、こんなところはたくさんよ」

 マリアは吐き捨てた。

「果たして帰れるかな?」

 マリアをからかうようにヒビヤルドは言った。

「かつてホリー研究棟にいた年配の科学者たちが続けて死んでいる。世間では自殺と言われたが、メヌエットを使ったな。架空の製薬会社の唯一の社員にしてもそうだ」

 私は言い、ヒビヤルドの様子を伺った。

「最初にリンのことを知ったのはトゥヌ・クルヴィッツだった。奴は気が触れて都合がよかったが、他にリン・メイがクローンを残した可能性を信じていた者もいた。彼らは独自にリン・メイを追っていた。だが、最初にことの重要性に気付いたのは、この私なのだ。後から成果を横取りするようなまねはさせない。邪魔は許さない。私が研究するのだ。さあ、そろそろくだらないおしゃべりは終わりだ。リン・メイは進んで、私の研究に協力する。なあ、リンよ、そうだろう?」

 ヒビヤルドは勝ち誇ってリン・メイを見た。リン・メイは静かにヒビヤルドを見つめている。

「ヒビヤルド、メヌエットを使ってリン・メイを操ってもそれはリンの意志とは言えないぞ」

「どこかに証拠があるかな、ラビスミーナ・ファマシュよ? すぐにハルタンの治安部が揃う。侵入者はそれ相応の責任を取らねばなるまい。たとえそれがあなたでも。さあ、リン・メイ、答えてみろ、自分の体を私の、ヒビヤルドのために喜んで捧げると」

 リン・メイがゆっくりとヒビヤルドに向き合った。

「僕にとっては『引き継がれていく命』というのは少し違う。自分が消え、自分に似て非なる者が僕の命を引き継いでいくという考えは、一部ではイエス、そして一部ではノーだ」

「リン・メイ?」

 ヒビヤルドは怪訝な顔をした。

「生き物なら、あらゆる手段で生き残ろうとするのは当然だ。僕は僕を利用しようとする者たちの目を盗んでここで生きていくしかない。しかし、生きるという第一目的が満たされたら、人は……僕は、何のために、と自問し出す。今度は生きる目的が必要になるのだ。僕はよく悪夢を見る。『俺によこせ、その目、その耳、いや、何と言っても生殖細胞だ、ああ、どこの組織でもいいんだ、よこせ、俺にもよこせ……そうさ、こいつ自身は死なないのだ、いや、これがどうなっても構うものか、どうせ俺たちとは異質のものだ、感情だってどうなっているかわからないぞ? こいつの芽を増やせ、増やして思う存分実験に使おうじゃないか。見つけてやろう、どこに隠れても。探せ、探せ、探せ……』捕まるものか。逃げて、隠れて……それでも、お前たちは嗅ぎまわる。母のおびえた顔が浮かぶ。追い詰められ、切り刻まれる僕の体……渇望する顔、顔、顔。もっと、もっと、もっと、と……そうだ、やられる前に葬り去ってやろうじゃないか。あいつらが僕にしようとしていることを先にやってやるだけだ。いや、切り刻むことなどする必要はない。奴らを出し抜いてやろう。そして囁いてやろう。お前は生きている価値などないと。僕を利用しようとする奴ら……それで彼らは何を得ると言うのだろう。富と名声への、はたまた知への渇望か? だが、そこに行きついたとして、待っているものは何だ? 老いを忘れたからと言って、勘違いするな。お前たちは神じゃない。生き物のすべてを利用できるつもりになっているが、笑わせるな。人間は卑しく、野蛮な動物だ。計算高いだけにたちが悪い……」

「おい、そんなことは聞いていないぞ?」

 叫ぶヒビヤルドを無視して、リン・メイは続けた。

「が、それだけじゃない人たちもいるということは僕も知っている。彼らのためになら、僕は自分の体のデータを渡してもいいし、死んだ体を調べさせてもいい。僕の体がセジュの人々の幸せに役に立つなら、異質な存在である僕は、改めてここで生存権を得ることになるのかもしれない。だが、果たして本当に? そんなことが可能だろうか? 僕は生き続ける。新しい体に積み上げられる記憶。それを彼らはどう思うのだろうか? しつこく僕のことを追いかけまわす奴らに母は怒り、そして怯えてもいた。その気持ちは僕の中にもあるのだ」

「御託はいい。言うのだ、リン・メイ、私にその体を与えると」

「どうやら、リン・メイにはメヌエットは効かなかったらしいな。オメガの仕業か?」

「そういうことだ」

 リン・メイは頷いた。


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