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 地上の争いを厭い、深い海の底に築かれた国、セジュ。

 それは九つの巨大な核と呼ばれるドームから成っている。

 これら九つの核にはそれぞれ得意分野がある。ケペラは農業、ニエドは商業、ミアハは手工業、ヴァグは輸送と工業、スカハは土木と資源開発、バナムは芸術とファッション、ネストは観光・レジャー、ハルタンは医学、そしてゼフィロウは科学技術開発といった具合だ。

 海の国セジュが成立して、すでに千有余年。それぞれの核には建国以来続く領主の家系があるが、その領主たちを束ねるのはレンという組織だ。その頂点に立つのは四年に一度、九つの核の領主たちから選ばれた者。その者がセジュの王を名乗る。セジュ王は中立の立場を保ち、各領主のまとめ役と言ったところで、大きな権限があるわけではない。だが、セジュの人々は自分の核を愛しながらも、秩序のよりどころとして九つの核を束ねるセジュ王を、精神のよりどころとして代々の大巫女の意志を尊重している。


 ゼフィロウ城の地下のポートから、私は愛機オルクにまたがって暗黒の海中に飛び出した。オルクはシャチのような美しい流線型をしている。核の中ではエアカーと同様に走行し、核を出ればその車体は透明なシールドに覆われて小型(せいぜい二人が乗るのがやっとだ)の潜水艇となる。

 オルクは重くのしかかる水圧をものともせず、素晴らしいスピードで加速していく。上昇した先にはうっすらと太陽光が届き、そこではスウェットスーツを身に着けた人たちが魚の群れを育て、海藻を管理していた。彼らのスーツは頭まですっぽりと覆っていて、肘と足の裏には小型のジェットエンジンが付いている。これは敏捷に、あるいは長く移動するときは便利なものだ。呼吸は丸薬を使う。これを服用すれば、六時間以上酸素ボンベを使う必要はない。慣れた者なら十時間持つともいわれている。彼らの近くには彼らを運んできた中型潜水艇が待機し、万一に備えている。

 オルクに気が付いた人たちが私に向かって手を振った。私もそれに応えて手を振ったが、果たしてそれが彼らに見えただろうか。

 私は海中に静止した彼らの潜水艇を通り過ぎ、更に上昇する。青の世界を魚群が行く。揺れる海藻、岩陰に身を隠す魚たち。私はオルクのシールドからたった一人、無限に広がる世界へ泳ぎ出した。赤、黄色、緑、そして青の極彩色のスイミングスーツ。目にはゴーグル、耳には通信機が入っている。私が着ているスーツは先ほどの人たちのスウェットスーツとは違い、首までしかない。一つに束ねた黒い髪が藻のように揺れる。スーツのベルトには銃があり、肘と足の裏にはジェットエンジンが付いている。

 私は体を海に預けた。セジュで、圧倒的な海の力から守られた人工の核の中だけで暮らしていると、大きなものの中の、微小なかけらにすぎないと感じることが難しくなる。たとえ、歴代の大巫女の導きで、毎日瞑想するセジュの人たちでさえ。彼らは核のコントロールされた天候(時に吹き荒れる嵐だってある)の中で、地上から持って来た植物や昆虫、動物たちに触れて、あるいは様々な海の生き物の姿を見て、そして時には自分たちを守る透明なドームの外を覗いて、満足している。だが、それでは核を出て作業する人たちが感じているものを想像し、感じ取ることは難しい。それが生物としてのヒトにどういう影響を及ぼすのか……あらゆるものをコントロールできると思いがちなセジュの人々だが、それはちっぽけな核の中、九つの核の中でのことに過ぎないのだ。

(おっと)

 体中の感覚が研ぎ澄まされた。わずかに遅れて耳の中に警戒音が鳴る。既に体は方向を変え、全身の注意が大きな気配に向かった。大型のサメだ。深海から獲物を見つけると一気に上昇し、身構える前に攻撃してくる。人間が襲われることは滅多にないが、他の捕食動物、例えばアザラシあたりと間違われたのだろうか。そうでなくとも彼らは好奇心旺盛で興味を持ったものを試しにかじってみることはよくある。攻撃に気付く前に体の一部を持って行かれるか、その強烈なアタックで気を失うか……第一、攻撃される前に相手に気付いたところで何になるだろう。俊敏で、感情を持たず(これは本人に聞いたわけでないから正確にはわからないが)、ただただ襲ってくる巨大な相手に、たとえジェットエンジンがついていようとも、身を守る武器を持っていようとも、冷静さを保つことは難しい。恐怖心が思考と体の動きを奪い、恐慌を引き起こす。そうなったら終わりだ。まあ、そんなときはヴァンが義手でも義足でも素晴らしいものを作ってくれるだろうが……思わず笑みが浮かんだ。

『義手でも、義足でも、何だって作ってやれるさ。ラビスの細胞を培養して作った手や足を元通り接合させることだって……だけど、ラビス……今更かもしれないが、どうしてそう危険なまねをするんだ』

 ヴァンは、今では私の婚約者だ。婚約者に心配をかけるのはよくないとわかっている。が、私にはどうしようもない。


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