元凶たちのプロローグ
第四章、開幕
────俺たち殺し屋は、ある勘違いをしていた。
何故、矢崎進を殺さなければいけないのか。それは雄飛からの命令、絶対的なこと。だがその理由が明かされたことはない。社長の座に座り、記憶を思い出したときが、影山家の脅威であると伝えられていた。
だからこそ、俺たちはこう考えていた。その記憶は、影山家の闇を知っているのだと。公にされては困る記憶を持っていて、そのまま社長として居座れば、悪事は暴かれる。影山グループが今までのように存続できないのではないか。
────影山家の悪において、矢崎進は脅威である。そう思い込んでいた。
「だが、違った。旦那は……影山高信においての脅威。自らの理想を打ち砕き、成長すればすべてにおいて上に立つであろう、その人格。それこそが、殺さなければいけない理由」
「……結局はあれか、ただ一人の願いのために、多くの人間が脅かされていただけか。クソジジイも俺も、例外じゃないな」
「あぁ、影山家とオーアの癒着がバレるよりも、誰が次の要石となるか。これが重要だったらしい。だとしても、旦那の運命はなんて残酷だ」
俺は、しばらくまともに顔を合わせたことがなかった、叔父の顔を横目に見る。どこか後悔しているようにも見える、静かな顔だった。
夜の公園は誰もいない。ベンチに座る二人の男以外は。時に冷たい風が吹き抜ける。もっとも、俺たちにはそんなのどうでもいいんだが。
「お嬢が倒れて2日。同時に、影山進としての記憶を思い出して2日。オーアはまだ気づいていないのか、動いてはいない」
「動けないように、しゃちょーが最大の手をあらかじめ打っておいたのか……はたまた」
「動けないほどの采配を、旦那がしているかのどちらかか。どちらもかもしれねぇな」
どちらにせよ、進は俺たちに命令を下さない。冬馬と望を守って、あの社長室に立てこもっている。何も動かないのが彼の策なのか。それとも、何かが動くのを待っているのか。今の彼の考えをわかる人間など、いるわけがない。
「そうだな、坊主。お前に話して置きたいことがある」
「……ジジイにしては、ずいぶんと落ち着いているじゃねぇか。何だ?」
ここまで、すべての状況をあくまで俯瞰し、主観を述べることのなかった叔父……佐倉咲夜。しかし、いつかは言うべきことだったのだろう。それが今の俺に、そしてこれからの戦いに、必要であるとお互いがわかっていた。
「俺が知る限りの、16年前のことを話しておきたい。もしかしたら雄飛がそれらしきことを言った可能性がある。お前の知っている情報と合わせ、できる限り真実に近づき迎え撃つ」
「それは同意。殺し屋には情報が必須。ジジイも退いた割にしては考えるな」
だが……そのうえで、照らし合わせたい情報は、進のことだけじゃない。望、そして冬馬のこと。最高の殺し屋と呼ばれた男が、何を理由に去ったのか。
────冬馬という女性に出会って、何が変わったのか。何が殺すのをやめるきっかけになったのか。そして、望を守ることに繋がったのか。
この佐倉咲夜の人生こそ、この戦いの鍵だった。元凶であり、動きによっては最終兵器になりえる存在。
「……ジジイ、ついでにお前の人生が聞きたい。よくよく考えれば、オーアの頂点が変わらなければ、こんなことにはならなかったかもしれない」
「そうか……もしもがあるなら、それは俺がオーアのトップだった時の話ね。確かにそうだ、俺が動かなければこんなにも多くの人間を巻き込むことはなかったかもしれないな」
「だからこそ────聞かせろ、お前の本心を。お前は何のために戦い続ける」
「全く……優斗。まだ俺は41歳だぜ? ジジイなんて呼ぶほどの年齢じゃねぇよ……」
そういって、ごまかすように笑う。力なく笑う。逃げながら、叫びながら、背けながら、それでも戦った。どれだけ状況が悪くなろうとも、どれだけ苦しい展開になろうとも、一生懸命戦った。その命は、最初から誰かのためにあったかのように、自分なんてものを殺し続けて。
「戦い続けてきたのは知っている。俺が知りたいのはその詳細と、突き動かしたものだ」
「ふーん……そうだな、ある意味では坊主、お前に似ている。ただ一つ掲げた、自分を保つ正義の元、動き続けてきた」
ある意味では、と言いながら彼はベンチにもたれかかる。どこか落ち着いたように一息ついて、もう一人の名前を口にする。
「もう一人の生き方として、矢崎進……あえてそう呼ぶよ。彼の生き方は他者依存だ。人としてのまっとうな感情がぶっ壊れてる。そう作った環境がいけないし、そういう意味では……矢崎菊花、母親ほど許しがたい人物はいない」
「でもそんな、ぶっ壊れに似てるって思うのはどうしてだ? あんたは、壊れているようには見えない」
「そりゃあ、お前という殺し屋の視点から見ればな。しかし、俺は殺し屋としても、人間としても……不完全だ、わかるか?」
通常という観点を持てない時点で、俺の世界にいる人はすべて異常なのだが、彼という男はかなり普通に見えた。心が、人間らしく思えたんだ。通常の世界から見て歪んだ意見でも、俺たちの中では、一番まっとうな意見を持つ。
それが自らを不完全と呼ぶ。俺から見て完全な男が、自らを否定する。完全なんてものは、この世界にないのかもしれない。いや、完全はその人によって変わるのか。
「俺はね、最後まで甘いんだ。いつだって弱いんだよ。だからこそ、他人という目的がなければ、俺はこうも動けない。矢崎進をあそこまで動かし続けたそれに似ているよ。結局は、自分の中から生きる意味を生産できないんだ」
「生きる意味……殺し屋が持つものじゃないよな」
「あぁ、捨て駒だからな、俺たちは。だが、お前たちと決定的に違うものがある。それが俺を、俺として生かすものだ」
その時俺は、あの戦いの中で彼が口にしたセリフを思い出す。あぁ、そうかと、俺は納得した。
「俺には守りたいものが3つある。訳ありで増えちまってな……約束と、愛と────望だ!」
「誰かを守る、それは他者がいなければ成立しない。でもその守りたいものは、俺のように「誰かに押し付けられた」ものでもなく、矢崎進のように「理由もわからず守る」のでもない……」
「そういうこと、守りたいものは自分で決めた。ちゃんと理由を持って決めた。俺の中で最初にした自己決定が、今の俺を生かし続ける。それを理解したうえでなら、俺の昔話を聞いていってもいいぜ」
俺は「あぁ、わかったよ」と答える。今の話だけでも、俺のは十分堪えるものだ。俺たちとは決定的に違うものを、涼しい顔で当たり前のように告げられた。内心お手上げだ、こんな心の強く豊かな人間に、俺はたぶん一生勝てない。
────その心は、殺し屋には向かなかった。その生き方は、普通には向かなかった。
常に報われず、思い通りになんてならず、絶望に何度も打ち砕かれながらも。常に相手を選び、人を見極め、人と運命に希望を捨てなかった男。
ある意味、物語の主人公のような男────佐倉咲夜の人生が、ここに語られた。




