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ある日、5億を渡された。  作者: ザクロ
第四章~その座に就くものは~
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私が僕になるとき

「会いたいよ、進」


 それは、今からすれば、とても幼い時の記憶。少女は双子の弟を愛していた。


 幸せ。幼い少女が一番幸せだったのは、彼と一緒にいる時だった。


 こんな希望なんて持てない暮らしの中で、彼は少女の道しるべ。


 彼が進む道を、少女は追いかけていたのだ。


────常に先を行く、幼い少年とは思えない天才を。


「進がいるから、私は守られていた」


 彼は、少女の盾だった。彼がいる限り、すべての責任は彼に行く。


 そうなるように、彼が望んだのだ。


 殺し屋との関係も、この会社の社長としての運命も、すべて。一人で背負い込むと。


「大丈夫だよ、明ちゃん。僕が身代わりになる、ずっと明ちゃんを守るよ。だから、明ちゃんは笑っていて」


 少女の頭には、少年の言葉がこだまする。


「進がいない世界で、笑えるわけないじゃない……!」


 6歳には背負いきれない現実。


 父親と母親の、意見の違い。少年と少女、姉と弟、どちらがこの会社の社長となるのか。


……誰が、光と影を繋ぐ存在となるのか。


 父親は、少女を選んだ。父親は天才すぎる実の息子に、嫉妬していたのだ。


 母親は、少年の自由を選んだ。父親の嫉妬から守るために、この家から少年を引き離した。


 少年は、弟は、すべて理解したうえでそれを受け入れた。


 それは同時に、殺し屋の標的となることを意味していた。


 社長の座を脅かす天才を、嫉妬に狂った父親が生かすわけがない。


────だからこそ少年は、心の傷を利用し、記憶を閉ざすことにした。


 そんなこと、常人にはできない。はたから見れば事故による記憶喪失。


 しかし実際には、トラウマを使った精神的な記憶喪失だった。


 彼の心と脳に与えたダメージは計り知れないだろう。彼は自らの武器を捨てたのだから。


「進、ごめんね。私……お姉ちゃんなのに……」


 それを少年側についた母親から、手紙で知ったとき、少女は泣き崩れた。


 例え再び会えたとしても、そこに少女の愛した弟はいない。それはもはや別人だ。


「私が、何もできなかったから……私が、天才だったらよかったのに!」


 そして少女は、6歳にして一生をかけた決意を固める。もう一度、幸せを取り戻すために。


「……私だって、私を捨てて見せる。進が生きているんなら、いつかどこかで……希望があるはずだから!」


 もう一度、あのころと変わらない弟に会う。少女はそう誓った。


 そして、彼から引き離したこの「社長」の座を、彼に返すのだ。


 少年のあるべき、本当の人生を。それまで少女は、少年の代わりにそこに座ると決めた。


 だからこそ、少女は……「私」であることを捨てる。そして少年になりきる。

 

 「私」から「僕」へ。「進」から「進くん」へ。彼の言い回しや特徴を、必死に思い出して真似をする。


 すべてはもう一度会ったとき、思い出してもらうため。少年の昔の姿を、ずっと留めるため。



「これは僕が……もう一度、進くんに会うためだ……!」

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