私が僕になるとき
「会いたいよ、進」
それは、今からすれば、とても幼い時の記憶。少女は双子の弟を愛していた。
幸せ。幼い少女が一番幸せだったのは、彼と一緒にいる時だった。
こんな希望なんて持てない暮らしの中で、彼は少女の道しるべ。
彼が進む道を、少女は追いかけていたのだ。
────常に先を行く、幼い少年とは思えない天才を。
「進がいるから、私は守られていた」
彼は、少女の盾だった。彼がいる限り、すべての責任は彼に行く。
そうなるように、彼が望んだのだ。
殺し屋との関係も、この会社の社長としての運命も、すべて。一人で背負い込むと。
「大丈夫だよ、明ちゃん。僕が身代わりになる、ずっと明ちゃんを守るよ。だから、明ちゃんは笑っていて」
少女の頭には、少年の言葉がこだまする。
「進がいない世界で、笑えるわけないじゃない……!」
6歳には背負いきれない現実。
父親と母親の、意見の違い。少年と少女、姉と弟、どちらがこの会社の社長となるのか。
……誰が、光と影を繋ぐ存在となるのか。
父親は、少女を選んだ。父親は天才すぎる実の息子に、嫉妬していたのだ。
母親は、少年の自由を選んだ。父親の嫉妬から守るために、この家から少年を引き離した。
少年は、弟は、すべて理解したうえでそれを受け入れた。
それは同時に、殺し屋の標的となることを意味していた。
社長の座を脅かす天才を、嫉妬に狂った父親が生かすわけがない。
────だからこそ少年は、心の傷を利用し、記憶を閉ざすことにした。
そんなこと、常人にはできない。はたから見れば事故による記憶喪失。
しかし実際には、トラウマを使った精神的な記憶喪失だった。
彼の心と脳に与えたダメージは計り知れないだろう。彼は自らの武器を捨てたのだから。
「進、ごめんね。私……お姉ちゃんなのに……」
それを少年側についた母親から、手紙で知ったとき、少女は泣き崩れた。
例え再び会えたとしても、そこに少女の愛した弟はいない。それはもはや別人だ。
「私が、何もできなかったから……私が、天才だったらよかったのに!」
そして少女は、6歳にして一生をかけた決意を固める。もう一度、幸せを取り戻すために。
「……私だって、私を捨てて見せる。進が生きているんなら、いつかどこかで……希望があるはずだから!」
もう一度、あのころと変わらない弟に会う。少女はそう誓った。
そして、彼から引き離したこの「社長」の座を、彼に返すのだ。
少年のあるべき、本当の人生を。それまで少女は、少年の代わりにそこに座ると決めた。
だからこそ、少女は……「私」であることを捨てる。そして少年になりきる。
「私」から「僕」へ。「進」から「進くん」へ。彼の言い回しや特徴を、必死に思い出して真似をする。
すべてはもう一度会ったとき、思い出してもらうため。少年の昔の姿を、ずっと留めるため。
「これは僕が……もう一度、進くんに会うためだ……!」




