家族と絆2
すいません、今回も4400文字です。ごめんなさい。内容としては「佐倉による今回の戦いの解説」です。佐倉主軸。
────それは、少し前のこと。進と真希が、無事に救急車で搬送された後のことだ。その場には、佐倉、冬馬、望……そして意識を失った優斗がいた。
「まぁ、あの傷なら下手に動けないでしょうね。旦那は」
よくもまぁ、あの痛みに耐えたもんだ。そういって佐倉はアスファルトを見る。滴った血が点々と残っている。これはすべて優斗と進の取っ組み合いの時に流された、進の血だ。正直、こんな滴るほどのケガをしていながらその手を離さなかった進を、佐倉は一言で表した。
「……どれだけ友情に熱いんですかい。狂ってますよ、旦那」
いいや、彼の存在を考えれば、そもそも最初から狂っているのか。最初からとびぬけた存在だったからこそ、普通の人間では考えられないことをやってのけるのではないだろうか。
「やっぱり旦那は……」
佐倉には思い当たる節があった。しかし、その真相にはかれこれ17年間たどり着けていない。あの矢崎誠一郎さえ黙っていたことだ。簡単に知れることではない。
だがもしそうならば、彼の存在は貴重だ────
「何か思い当たることでも、佐倉」
「ここは咲夜って呼んでくれよ、陽菜ちゃん」
「望様がいらっしゃるので」
冬馬に声をかけられて、ふと我に返る。二人っきりなら下の名前で呼ぶのだが、ここには望がいる。何ともやりきれない気持ちを抱えながら、もどかしそうに頭を掻いた。
「それより、もっとヤバいことになったんだろ。顔見ればわかるよ」
そう言われると、冬馬は目線を逸らす。それには望も同じくだった。
「望坊ちゃんを助けるために、陽菜ちゃんが割って入って……そこで俺との関係性を見抜かれたと。ちょっと見てたけど、そういうことね」
「そうね、私の蹴りを見て、一発で見抜かれたわ。オーアの蹴り方だってね」
「できるのは、俺か椿だ。特にあいつのことだ、俺が与えた影響が大きいって思ってるはず」
……裏目に出た、そう佐倉は思っていた。実は佐倉の考え上、ここにはオーアの総戦力が集うはずだった。
佐倉の描いていたシナリオはこうだ。まず最初に、オーアより置き手紙が届く。これは実際に届いていて、望と校門前にいたとき、気づけば車に貼ってあったものだ。
「いったいどうしたんだ、佐倉」
望にそう聞かれたときには、もうその手紙には目を通していた状況で、すぐさまハンドルを切ることになる。もちろん焦っていた。佐倉のシナリオでは、まだそのはずじゃなかった。それに、狙う標的が大きすぎる。
「っ! 佐倉、答えろ!」
この時、すぐさまその手紙のことは答えなかった。手紙の内容としては────
「矢崎家最後の子女を預かった。取引を持ち掛ける。オーアの子息を連れてこい。そうすれば、矢崎真紀と矢崎進を、標的から外す。報酬も手渡そう」
まずはこの手紙を考える時間が欲しかった。だが、その時間はない。しかし、もしもこれが本当ならば、オーアは積極的な戦いは避けていると考えた。そしてそれは、オーアのトップ────元木雄飛にしては甘いと思っていた。
────だが、甘いとは思っていても、最大の警戒をするべきだ。オーアとぶつかること、それはすなわち死を意味する。どれだけ過去に最強を誇っていても、オーアの戦闘員すべてを麻酔銃で沈めるのは不可能だ。
裏切り者に待ち受けるのは絶望だ。すべてを殺さない限り、自分自身に安寧はない────だからこそ、運転をしながら死を覚悟していた。そして、進たちには嘘の場所を教える。本当はあのコンテナ置き場以外考えられなかったが。
「死にに行くのは一人で十分だったんだが……」
もちろん取引だ、望は連れていく。だがやはり、内心寂しいと思ってしまった。死から離れすぎた人間に、孤独な死は辛すぎる。なんて我儘な欲望を願ったんだろうか。だが、望は車内に閉じ込めておけば、銃弾を防ぐことが可能だ。望は死なない、例え自分が死んだとしても、子息を渡さなかったこちらの勝利……のはずだった。
あの時の自分のセリフを、佐倉は思い出す。我ながら恥ずかしいと思っていた。
「俺には守りたいものが3つある。訳ありで増えちまってな……約束と、愛と────望だ!」
そう言い切って戦いに挑んだものはいいものの、結果としては拍子抜けだ。死神たる後継者は、すぐさま後ろへ下がり、勝負を避ける。代わりにやってきたのは、大量の雑魚戦闘員だった。どれも防弾チョッキを見につけていない雑魚。喧嘩でも勝てるような相手。
「何かが……おかしい」
────違和感を感じた。戦闘員の質が低いだけでなく、予想したより人数が少ない。倒れた戦闘員は別の戦闘員が運び出し、撤収していく。本来ならば、皆殺す気でかかってくるはずなのだが……もしや、とそこで気づく。本来の目的は、矢崎家を断絶させることでも、オーアの隠し子を奪い取ることでも、裏切り者を殺すことでもなかったと。それらすべての「様子見」だったのだ。
……シナリオは、ここにぶち壊された。完全に失敗だ、望をここに連れてくるんじゃなかった……!
「なるほどな、計画者は優斗と雄飛の二人ってことか!」
気づいて後ろを振り返ったときにはもう遅い。雄飛は望を車から引きずり出していた。あんな鉄でも切れるチェーンソー、出されたら終わりに決まってる。あれを武器として持つのは、他でもないトップ、元木雄飛しかいない。
……しかし、そこへ颯爽と現れたのは冬馬だ。おそらく、この車に探知機を仕掛けていたんだろう。そうでもしないと追いかけるのは不可能だ。やはり影山明の執事、抜かりない。
そこで佐倉は安心し、殲滅に励む。だが、残りの戦闘員も戦うことなく、どんどん撤収していく。まさか、目的はもう達成されたのか。ならばそれは何だ?
「真希を────離せっ!」
そこで飛び込んできたのは進だ。佐倉的には「何故来た!」としか言えない。探知機もつけていないはずのただの人間が、なぜここを感知できたかはわからない。だが、そこで優斗を足止めしてくれたおかげで、こちらの戦闘はより有利なものとなっていた。
残る僅かな時間で、頭を必死に巡らせる。今回のオーアの目的は何かと。そして、優斗が一人残され、残る戦闘員が撤収した時点で、佐倉はようやく気付いた。
「なるほどな……目的はいろいろあるが、死神になり切れなかった、優斗の処分か!」
ならば、優斗はおそらく死を選ぶだろう。雄飛は、自分の息子をまた捨てたんだ。使い物にならないからと、またもか!
────残る手段は一つ。優斗が死ぬ前に、この弾丸で眠らせる!
……こうして、今に至るわけだ。佐倉は冬馬を見て、一つ聞く。
「陽菜ちゃん、聞いてもいいか。雄飛は最後になんか言ったか」
すると、冬馬は顔を曇らせる。しばらく間を置くと、重い口を開いた。
「彼は言ったわ……後継者、そしてオーアの「花嫁」 いつか必ず迎えに行くとも。また近いうちに会うさ……それまで────簡単に死ぬんじゃねぇぞ……とね」
「オーアの「花嫁」だと!? あいつ、どこまで俺たちを物として見てやがる!」
雄飛の残したその言葉に、佐倉は怒りをあらわにした。もちろんこの怒りの理由など、冬馬と望はわからない。オーアだった佐倉だからこそわかることだった。
「……まずいのか、佐倉」
ここでようやく、弱弱しい声で望が口を開く。二人がじっと見つめていることに気付いた佐倉は、何とか冷静さを取り戻した。二人の前で、気持ちをあらわにするもんじゃない。
「あぁ、とんでもなくな。「花嫁」……オーアではこれを、トップの座につくものの妻として呼んでいる」
「わっ……私があの男の妻!?」
もちろん、冬馬が取り乱すのも無理はない。しかし、問題はそのあとだ。
「まぁ無理もねぇが……問題はその向こうだ。大体の花嫁は、子供を産んだ後「殺されている」んだ。坊ちゃん、あんたの母親……篠原佳苗もその一人だ」
「母さんが……死んでいる?」
「手を下すのは、トップか、その時の死神か。トップのすぐ下が死神だからな、どちらが殺しても一緒だが……」
この場合はどうなるのか、それを佐倉は一瞬考える。ここ最近の場合は、状況が複雑だ。死神の座について降りた人間が多すぎる。華山家にいる椿もその一人だ。
「望坊ちゃん、あんたは本来「殺されるべき」存在だった。3人目で成功した死神だからな。もうそのあとはいらない……それを椿が拒んで、坊ちゃんは生きている。篠原佳苗が死んだのは18年前だから……おそらくは雄飛が殺したか」
もちろん、望の顔はより一層暗くなる。無理もない、母親はすでに死んでいるとわかって、落ち込まない人間はいないだろう。なおさら、父親に殺されたとなれば。
「妻を殺すのがオーアの風習なの?」
「いいや、実はそれを作ったのは、雄飛なわけよ。だからより一層、俺がオーアを抜ける理由になったわけ」
冬馬の問いかけにさらっと答えた佐倉だが、本当はそんな簡単に言えるものでもない。現に、佐倉の母親は────雄飛によって殺されている。
「坊ちゃん、陽菜ちゃん。この現実を悲観している場合じゃねぇ。今回ではっきりしたのは、オーアのトップである雄飛が、陽菜ちゃんを妻として迎え入れるつもりということ。そして、新たな死神候補として、坊ちゃんを取り込むつもりということ。命が助かっただけでも十分だ」
「なら、僕たちはどうすればいい。自らの身は危うい……そういうことだろ」
望に言われて、佐倉は横たわる優斗を見つめる。こいつが使えれば、話は変わってくるはずだ。
「そうだなぁ……優斗が使えるようになれば、オーアが叩きやすい。しかし、戦力は足りない、二人を守り切るのは難しい」
佐倉はここで初めて後悔した。守りたいものが増えすぎたことを、そしてそのための手は足りないということを。自らの無力さを痛感する。そうやって、17年前も失敗したことを、胸の痛みとともに思い出す。
────もっと自分に力があれば。佐倉はそれを強く望んだ。望んだって、叶うわけないのに。
「さーて、話は全部、冬馬手持ちの盗聴器で聞かせてもらったよ!」
そこへ、明るい声が響く。ゆっくりとした足取りで、小さな強者は悠々と現れる。
「ちょうどいいところだ。僕もオーアと父さんをぶっ潰したいと思っていたところでね! 一緒にオーアを潰して、望と冬馬を守らないかい、佐倉咲夜────」
どうしてこうも筒抜けなんだ。彼女はいったい何者だ。わかってはいるが、改めてその存在に恐怖を抱く。もしこの座が別の人間ならば、どうなっていただろう。自分という存在は、もっとちっぽけだったに違いない。
「────影山明、あんたには恐怖しか感じないよ。どこまで、オーアの裏切り者に手を貸すんだ? いつ寝返るかもわからない爆弾だぜ?」
「いやだなぁ、爆弾はお互い様だろ?」
見えていたはずの彼女は見えない。協力者が大きすぎる。こっちは見透かされていても、彼女を見透かすことなど、不可能なのだ────
「何ら不思議じゃないさ。オーアと影山家が協力する。いつものことだろう、絆以上の、家族じゃないか」
不敵な笑みを浮かべる少女を、黙ってみていることしかできない、この場においては無力な佐倉だった。
17年前においては、佐倉を主人公にして物語書いても通用する気がするんだよね。




