親友としての最後の言葉4
彼と進の回。友情は、運命さえも超える。なお今回は5000文字です。半分に切れるところがなかったんですよ。
一方その頃、俺は過去の優斗を追いかけていた。追いかければ追いかけるほど、あの日の記憶は鮮明に思い出される。
「────まずは、このコンテナの山。高く積んであるように見えるけど、あの鉄骨が積みあがっている場所から飛び移れるんだ」
海浜公園から少し離れたところに、鉄骨置き場がある。その鉄骨は、うまく階段状になっており、飛び移ることで、鉄骨の一番上に登れる。そしてそこから飛び移るように、コンテナの上に乗れる。
「すごいな、結構な高さだ」
「驚くんじゃねぇYO! すすむん、まだいけるんだ」
次に、コンテナからコンテナへ飛び移ると、積みあがったもののおかげで、腕の力で何とか上がれる場所が存在する。そこを上りきると、積みあがったコンテナの山の中では、一番高い場所へ行くことができる。
「わぁ……すごい眺めだ」
「だろ? 海が一望ってやつよ。彼女さんと来るのがおすすめかなぁ」
「こんな危ないところ、優斗と一緒じゃないと来れないよ」
「え? そう?」
あぁ、そうだ。優斗、お前とじゃないとこんなところ来ないよ。そして、あの日教えてくれたのには、きっと意味があるんだろ。
「まぁ、俺になんかあったときは、ここでベソ掻いてるからよ」
「オッケー、俺もここ来るわ。そん時は優斗と一緒だな」
「へっ、ありがとな、すすむん!」
────しばらく会ってないけど、優斗。お前、ここでベソ掻いてるんじゃないか。ずっと一人で、苦しんでるんじゃないか。
あの金城さんが殺された日、あれから俺たちは会っていない。佐倉さんが大丈夫だと言ってくれたが、佐倉さんがオーアの一員だったなら、話は別だ。佐倉さんはきっと、隠してくれたんだと思う。
でも……もしも、真希を誘拐したのが優斗なら、絶対に許すことはできない。そこにどんな理由があったとしても……
だが俺は、内心迷っていた。あの優斗が、こんなことをするのかって、まだ疑っている。実際、本当にあってほしくないと思っている。でももしそうだとしたら、俺は親友として、どうあればいい。
「最後に、降り方を教えておくぜ。よく見てろよ、すすむん」
「え、逆走するんじゃないの?」
「まぁまぁ、飛び降りるのが醍醐味よ! さぁ、ここから……ってのは嘘ぴょんー」
その記憶の最後、俺は覚えている。過去の優斗の幻に、俺はついていく。
「最後、ここに鉄骨の橋があるんだよ。んで、ここを伝って、隣のコンテナに移る」
「怖いな……」
「素早く渡るんだ。そして鉄骨の段差を使って、1番下のコンテナに降りるんだ」
「それでも……6メートルくらいあるだろ、ここ」
俺は下を見る。あの日と同じで、このコンテナの下には、トラックが2台ある。4トントラックと、それに並ぶように2トントラック。
「俺はこうやって降りてるぜ。で、落ち着くっていったらここだよなぁ」
────過去の優斗と、下にいる男の影が重なる。その奥には縄で縛られた真希が、台車の上に物のように乗せられていた。
「真希を────離せっ!」
……あの日の俺は、勇気がなくて、2メートルの高さを飛べなかった。だから優斗に、手を伸ばしてもらったんだ。でも今の俺は、軽々と飛び出していく。そこにいる優斗は────もういないのだから。
2メートルの高さから落下する拳は、男の頭に命中する。鈍い音と衝撃が、右腕に伝わってくる。その男がクッションとなり、俺は何とかケガを免れた。俺の下の男は、何とか逃げ出そうともがくが、この俺が────それを離さない。
「どけろ……! なんでここに来た!」
「真希を助けに来たんだ。そして────お前もだ!」
仮面に手をかける。男は必死に抵抗するが、上に乗っている俺が優勢だ。仮面は布で繋がっていたが、力任せで、俺はそれを引きはがす。
そこには中学校から見慣れた、親友の顔があった。しかし、それは優斗であって、優斗ではない。目に籠る殺気は、本物だ。だが同時に、苦しんでいるのも本当だった。
もがきながら、優斗は手から離れたナイフを取ろうとする。しかし、俺の足のほうが先に届いた。
「こんなもの、俺たちにはいらないよな!」
全力で、そのナイフを蹴り飛ばす。だが、これで終わりなわけがなかった。彼は体中に、ナイフを隠している。その二つが、俺の太ももとわき腹を突き刺していた。優斗がもがけばもがくほど、俺の傷は深くなっていく。痛みで離れようとも思った。だが、ここで彼を手放してはいけない────
「矢崎進、俺はお前を殺すんだ。出会う前から、そう決めていた! お前は影山家の脅威だ。社長としてお前が動き出した今……記憶を取り戻そうとしている今、俺はお前を今度こそ殺さなきゃいけない!」
「どうして俺を殺すんだ、親友じゃないか!」
「それが依頼主からの命令だからだ! お前が矢崎に変わったときから、ずっと言われ続けた……命令だ!」
その事実を今、初めて知る。俺の隣にいたのは、殺し屋だったと気づく。それが俺の命を狙うために隣にいたことを理解する。思わず恐怖で、顔が強張った。俺の命は常に狙われ、そして彼の掌の上で、転がされていたのだと。
心を恐怖が支配しそうになっても、言い表せない苦しみが押し寄せてきても、それでも俺は、優斗から目を離さない。だがそんな優斗は、もがきながらも笑う。俺をまるで、見下すように。
「ははっ……笑えるぜ。お前の唯一の親友は、お前を殺すための道具だったんだからよ」
「違う、お前は道具じゃない……」
「違わねぇ。親友だといつもそばにいれる。いつでも殺せる。油断したその隙をつける! お前が仮に過去を思い出したとしても、いつだってお前を殺せる!」
そう言いながら笑う優斗は、どこか空っぽだった。俺に向けて笑っているんじゃない。だって俺の目なんて、まったく見ないんだから。だからこそ、精一杯叫ぶ。
「俺を見ろ! 優斗!」
その声に、優斗は気が付いたように俺を見る。そして悔しそうに歯を噛みしめ、ついに一滴の涙をこぼした。
「……無理だよ……お前を見たら、泣いちまう。俺は、何のために今日まで生きてきたんだ……」
「俺を殺すため……そんな理由をつけるのか」
「あぁ……そうだよ……」
優斗の声に、さっきまでの力はなかった。いつもの優斗の声だ、その声からは優しさを感じることができる。知っている、優斗は常に優しかった。俺の道を正してくれた。あの一緒にパフェを食べた日を思い出す。
「ほぉ、自己犠牲ね。そんなの自分殺しだ。正義なんて語って自分殺して、何が楽しい。お前は何のために生まれてきたんだよ! 幸せになるためじゃねぇのか!?」
その裏に、どす黒い闇なんてない。俺はその時そう思っていた。しかし、それはただ、俺が気づけなかっただけ。本当はずっとずっと苦しんでいたんだ。俺は親友なのに、それを助けてあげられなかったんだ。
「優斗は、幸せになれないの? 俺を殺さないと、幸せになれないの?」
「あぁ……そうだよ。俺はお前を殺すために、オーアの後継者、死神として育てられた」
「そこに優斗の意思はあるの? 優斗は言ったよな、そんなの自分殺しだって!」
すると、優斗はもがくことをやめた。強引に右腕を動かし、俺の胸元を掴む。そこにあったのは、最後の抵抗だった。
「あぁそうだ、自分殺しだよ! でも自分を殺さないと、殺し屋なんてやっていけないんだ。自分も殺せねぇやつに、他人なんか殺せねぇ。殺し屋だって信念がないとやっていけないんだ。だが俺にそんなものは、最初からなかったんだよ!」
「じゃあ、俺以外に殺した人間はいないのか!」
その問いかけに、優斗はまた一滴、涙をこぼす。そして、声にならない叫びをあげると、俺を無理やり転がした。それでも俺は優斗から手を離さない。優斗が俺の上に乗り、さっきとは立場が逆になっていた。
「いるよ、たくさんいるよ! お前のためだって理由をつけて、俺は同級生を、山ほど殺したんだ!」
「……嘘だろ……なぁ、嘘だって言ってくれよ!」
「嘘じゃないんだ! お前を苦しめる人間、お前の過去を思い出させる人間、お前の害は全部、俺が殺した。これが俺の、殺すために必要な信念だ────!」
「────出羽もか」
「当たり前だ……!」
今まで俺の周りで人が死んだのは、全部優斗のせい。あの日、出羽が死んだのだって、金城さんが死んだのだって、全部優斗のせい。同級生が数えるほどしかいなかったのも、全部全部、優斗のせい。
優斗が殺した。俺のためと理由をつけて、偽りの正義を掲げて、大勢の人間を殺した。そんなのは、決して許されることじゃない。俺は絶対に許さない。人の死で、俺がどれだけ苦しんだのか、わかっているのか?
「そんなの、許されることじゃない。俺は────そんなこと一度も望んでない!」
「だが実際、お前はいじめられて苦しんだんだ! いじめてきたやつが死ぬのは、清々しくないのか!」
「あぁ、そうだよ。どんなやつだって、死んだら悲しいよ!」
「だったとしたら、お前は歪んでる。自分を不幸にした人間の死を悲しむのか? どこまでお前は、人を許すんだ!」
……どっちがおかしいかなんて、俺にはわからない。壊れた俺と、殺し屋の優斗。どっちの言い分が正しいかなんて、きっと誰にも分らないだろう。それでも俺は、胸を張って言える。
「許す許さない、そんなのに答えは出ないよ。ただ一つ言えるのは、いじめてくるのは、俺がその原因だからだ。恨むってことは、俺自身を恨むこと。いじめてきたやつの不幸を喜ぶことは、俺の不幸を喜ぶことなんだ」
「いじめるやつが、100%悪いに決まってるだろ……」
「なら、殺すやつが100%悪いの? 世間一般はそうだけど、だとしたら殺すとき、動機は何故あるの? 動機があるのは、その人にも悪いところがあったからじゃないの?」
「お前、自分で何言ってるのかわかってるのか。その理論じゃ、俺の殺したやつらには悪いところがあって、殺したやつが100%悪くないって……言ってることになるんだぞ……」
言っている途中に、優斗は俺の思いに気づいてくれたみたいだ。
「そうだよ。だって優斗は悪いと思った人を殺したんでしょ? 優斗の中では殺すことは完全な悪じゃなかった。だからこそ俺は、優斗のほんの少しの正義を信じる。100%悪くないって信じる。でも、殺すことはやっぱり悪だ。それは決して許されることじゃない」
それでも、俺は優斗の真っすぐな瞳を見て続ける。
「人が死ぬのはすごく悲しい。それは誰であっても、俺に関わった人なら誰でも。でも、浅い関わりの誰かの死よりももっと悲しいのは────」
そんな目で見ないでくれよ、俺だって泣いちゃうだろ。
「幸せな時間を共に過ごしてくれる人が、苦しんでいるほうが、もっと辛いに決まってるだろ」
「お前……こんな俺を、まだ親友だっていうのか」
「当たり前だろ。優斗は絶対、俺を殺せない。今、わかったことだからさ」
すると、優斗は俺の上から離れた。そして傍らに、ゆったりと座る。そこに緊張感はなく、落ち着いた様子だった。俺も起き上がり、真正面に座る。最大限の笑顔で、俺は言うんだ。
「俺の幸せに、付き合ってくれるって、言っただろ」
そして、優斗も笑顔で返す。
「当たり前だ────」
だが、その笑顔と行動は矛盾していた。優斗は笑顔で、拳銃を頭に突き付ける。
「優斗……バカ、お前!」
「しばらく付き合うって言ったろ。今日がその最後だ」
手を伸ばせば、今にも引き金を引きそうだ。手を伸ばしたくても伸ばせない、もどかしさに駆られる。
「いいか、これが親友としての最後の言葉だ。よく聞けよ、すすむん」
「なっ……なんだよ」
「お前はこの先、過去を思い出して苦しむかもしれない。また別のやつに命を狙われるかもしれない。もっと大切なものがなくなるかもしれない」
優斗は一息つくと、空を見上げて笑う。
「────それでも、もし幸せにたどり着けたら、しっかり幸せになってほしい。とくにしゃちょー……明ちゃんだね。彼女を一番大事にするんだ。そうすればお前はきっと────」
優斗が引き金に手をかけた次の瞬間、何者かに胸を撃ち抜かれた────
今回は長くなっちゃってごめんなさい。でも優斗くんは救われたんでしょうかねぇ。




