孤独な青年のモノローグ
独白ですね。彼の思いを聞いてあげてください。
────僕は、ずっと一人だった。気づいた時には、影山家に迎えられていた。物心ついた時には、本当の両親が死んでいることを知った。
僕は狭い空間で育った。外部の人間に、その存在は隠され続けていたんだ。
────君は「義理の弟」だから、表に立ってはいけない。
かつてお義父さん言われたその言葉は、ずっと僕の心に突き刺さっている。その心に突き刺さった槍は、僕をその場から動くことを許さなかった。代わりに、僕はどんどん溺れていった。何かすれば褒められる、自分自身に。
────すごいね、望。君の才能は本物だよ。君は未来の副社長だ。
ずっとずっと、認められたくて、ずっとずっと、褒められたくて。必死にもがいて、テストでもよい点を取ったり、スポーツで一番になったりした。それがようやく認められたのか、僕は将来の副社長として注目され始めた。
……そして、その頃から疑問に思い始めた。どうしてこんなにも努力したのに、僕は副社長にしかなれないんだろう。どうして努力もしていないはずの義理の姉が、社長になるのだろう。僕のほうが、ずっと、ずっと、ずっと、すごいのに。
姉さんを超えたいと思った。でも、姉さんは常に僕に優しくしてくれた。ケガをしたときは真っ先に手当をしてくれたし、勉強だって教えてくれた。常に隣にいてくれたし、姉さんがいればさみしくなかった。
────望は寂しがりやだからね。僕がそばにいてあげないと。
僕が10歳の頃だろうか。そう言ってくれた姉さんの言葉を、今でも覚えている。そこからだ、姉さんに対する感情が、渦を巻き始めたのは。
僕は寂しがり屋なのか、僕は本当は何が欲しいんだ。認めてもらって、褒められて、そこから何が欲しいんだ。ずっとそこから答えは出なかった。そこまで、寂しいなんて思ったことはなかったのだから。
だからこそ、僕に見えないところを優しく包み込もうとする姉さんを、僕は好きになってしまった。姉さんは僕にないものを持っている。だからこそ好きだ。そして、僕の見えない心を、きっと理解してくれる。
しかし、現実はうまくはいかない。僕は常に、姉さんと比較される。どれだけ努力をしても、姉さんを超えることはできない。どれだけ努力をしても、姉さんほど好かれない。どれだけ努力をしても、姉さんははるか先を歩く。
────どうして僕は、いつも2番手なんだ。
そこで気づいたんだ。僕の欲しいものは、愛だった。愛されたかった、ずっと、誰かに。周りに僕の血縁なんていない。僕は本当の温もりを知らない。僕は愛に飢え続けている。
────愛されたい。僕はずっと、愛してほしかったんだ。
どんな努力をしても、僕は愛されない。それはすべて、姉さんが独り占めしてしまっているから。姉さんに、お義父さんも、周りも、愛情を注ぎ続ける。
────姉さんは、超えなきゃいけない存在だ。
そこで芽生えた感情。僕は姉さんを超えなきゃいけない。僕が社長の座を奪わなければいけない。そうしなければ、僕に愛情が注がれることなんてない。姉さんを超えてこそ、ようやく僕は愛される。ようやく僕は満たされる。
なのに、姉さんはずっと僕に優しかった。僕がどれだけ姉さんにきつい言葉を言っても、姉さんはただ笑っていた。
────ごめんね望、今のは僕が悪かったね。
どうして、姉さんが謝ることなんて一つもない。悪いのは僕だ。勝手に目標に決めて、勝手に恨んでいる僕が悪いんだ。悪いとわかっていても、僕はこの姿勢を変えられない。
心は大きく歪んでしまった。姉さんに対する憎悪と、愛情。それは、まったく違うモノでありながら、僕の中で共存していた。
────僕は姉さんを恨んでいる。でも同時に、例えられないほど愛している。
僕の中で、越えなければいけない存在である姉を。僕の愛情を奪い続けている姉を。影山家の中でただ一人、僕を見続けてくれた姉を。誰も僕を愛さなかった中で、僕にずっと優しくしてくれた姉を……僕はどんな目で見たらいいんだ。
鏡に、自分の姿が映る。人を威圧するような目、財を手放すと言われる薄い耳たぶ、自然とつく筋肉。 この体が嫌いだ。誰かを傷つけるためにある、そして自分を苦しめるためにあるこの体が憎い。
そんな体ですら、姉さんは優しく抱きしめるのだ。
────体は強いし、優しいし、望が羨ましいよ。
どうしてそんなことが言えるんだ。耳たぶの厚さが物語るように、姉さんは人望にあふれている。小柄な体は、みんなから愛される。その優しさは、人を幸せにする。
────僕は、そんな姉さんを好きになる人間の、一人にすぎないんだ。
大人になっていくにつれ、姉さんと僕は、次第に離れるようになってしまった。僕は相変わらず、姉さんの影だけど、昔よりははるかに認められている。僕はそこに、喜びを感じなかった。
僕はただ、涙をこらえた。遠くへ行かないで、僕のそばにいて。ただ姉さんのことばかり考えていた。なのに言葉は裏腹で、いつも本心なんて言えない。
僕は、本心の言えない人間に、気づけばなってしまっていた。
僕の来た道は、常に正しい道だ。本心でそうじゃないとわかっていても、そう思い込むことによって救われた。もし他人から見れば、僕の人生はどうなんだろう。学力は常にトップで、スポーツも誰にも負けたことはない。常に優秀であり続け、天才、と呼ばれたその男の人生を、正しいというのだろうか。
僕はそうは思わない。僕は常に自分が正しいと思う道を選んできた。それはすべて認めてもらうため、姉を超えるためだ。だが、自分の得になることを選べたとしても、自分の幸せになる道は選べなかった。
いや、選べなかったんじゃない。選んでも、その通りになることなんてなかったんだ。
……気づけば、姉さんは社長になっていた。僕は姉より3歳下、20歳になるまで副社長にはなれないと、お義父さんに言われた。
僕の心は、誰によって埋められる。姉さんと引き離される3年間、僕はどう耐え続ければいい。こんなズタボロの心で、どこまで自分の心を偽ればいいんだ。
「お困りですかい、坊ちゃん」
────そこにある日突然現れたのだ。塾帰りの、満月の日の夜。怪しく笑う大男が────
「家まで送ってくれるなんて、あんた結構優しいじゃない」
「今日だけだ」
あの海浜公園から車で送ってもらった、真希。運転手はもちろん佐倉。望が何かをしたわけじゃないのだが……感謝されるのは望だった。
「今日はもう、夜遅い。不要な外出はするな。あと、不要な出費もだ」
「わかったわよ……もう、どこかのお父さんみたいね、あんたって」
「なっ……!」
直訳して、あんたのやっていることはお父さん、つまり老けている、である。そのショックに望は唖然とする。そんな望はほったらかしで、真希は手を振りながら、家へと入っていった。
……真希は家に入る最後まで手を振っていた。こんなボロボロのアパートに住みながら、それでも豊かに暮らしている。
────いや、今日の真希の心が、豊かであったというべきか。
「坊ちゃん、いい仕事しましたね」
車に乗ると、運転手の佐倉がそう言って振り返る。望は、恥ずかしそうに顔を逸らした。
「別に、大したことではない」
すると、佐倉はたった一言つぶやいて、車のアクセルを踏んだ。
「坊ちゃんも救われたでしょ」
────その言葉の意味を、素直に理解することのできない、歪んだ望だった。
望は誰かを救ってる実感がないんだよなぁ。




