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ある日、5億を渡された。  作者: ザクロ
第三章~金持ちたちの代理戦争~
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太陽と月

陽菜ちゃんは太陽をイメージして名前を付けたんですよ。で、咲夜は特に夜桜をイメージしたんです。

「────やれやれ、坊ちゃんも……ちょっとは素直になったかぁ」


 大きな男は、そう言って小さな棒付きキャンディーを舐める。遠くで、望の成功を眺めていたのだ。

 町がオレンジ色に染まるような夕方。そんな中、太陽のようなキャンディーを空にかざす。懐かしい味だ、よく食べた思い出のある味だ。

 そこへ、一人の女性がやってくる。眼鏡をかけ、髪を束ねた、凛々しい女性だ。男はまるで、その女性に会うのを、ずっとずっと心待ちにしていたかのように、次第に笑顔になっていく。


「陽菜ちゃん、おひさー!」

「全く……チャラ男の咲夜も、変わらないわね」


 そこにやってきたのは、冬馬陽菜────影山明の専属執事であり、ボディーガードを兼ねている。そういった意味では、望につくこの男、佐倉咲夜と立場は一緒なのだが……


「────咲夜、あなた今まで……どうやって隠れていたの?」

「言ったでしょ、陽菜ちゃん。陽菜ちゃんを守るためなら、危険なことはへっちゃらだって」


 それだけで、二人の会話は完結する。それだけで、陽菜はすべてわかってしまった。それでも聞く。


「17年前、私が影山家の家政婦をするっていった時……あなたは、これで一生の別れだって、言ったわよね」

「まぁ……そうだな。お前が影山家に近づいちまったんなら、俺はもう手出しできねぇ。そう思ったわけよ」


 だがな、と言って、佐倉は続けた。


「こうともいったはずだぜ。覚えてるか、陽菜ちゃん」



────17年前の記憶が蘇る。あれは確か、桜の散る夜のことだった。月明かりに照らされた花弁が、二人の間を通り抜けていくような時。


「ねぇ……咲夜。ここまで私を鍛えてくれてありがとう。あなたに教えてもらわなかったら、私はきっと、ここまで強くなれなかったわ」

「あぁ、そいつは嬉しいね。だが……影山家で働くっていうのは本当か? わかっているのか、その意味。もし、影山高信が雇ったんなら……」


 そう言って咲夜は頭を抱える。その理由を、陽菜は痛いほどわかっていた。


「……わかってる、オーアに私の存在がバレた可能性があるってことでしょ。でも安心して、奥さんが私を雇ったんだから」

「ノーマーク……とは思えないがな。いいか、影山家はオーアとの繋がりが強い家だ。もしも、俺とお前の関係性が完全にバレちまったら……お前は殺される。間違いなくな」

「私が理由で、あなたがオーアを抜けたことがバレる……」

「そうだ。だからこそ俺たちは、これで一生の別れだろうよ」


 それは────陽菜と咲夜の出会いが理由だった。その出会いがあまりにも運命的過ぎて、そのあとの繋がりが、あまりにも深すぎて────


「まぁ、だがよ。陽菜ちゃんに会えて、俺は幸せだったんだぜ」


 陽菜の純粋な心は、荒んだ咲夜の心を動かした。それがきっかけで、咲夜はオーアを勝手に抜けることとなる。もちろん、オーアは勝手に抜けた咲夜を許しはしなかった。オーアは今でも追い続けている。勝手に脱退した咲夜を。そして、その原因を作った人物を……


「あなたの幸せの代わりに、私の人生は散々だったわね」

「そうか? 自分で自分の身を守れるように、武術は教えてきたんだがな」

「えぇ、おかげで、不良には無敗ですとも」


 オーアに目を付けられ、追われ続けて、10年近くが過ぎた。今まで何とか、殺されることもなく、追っ手を回避してこれた。それもこれも、咲夜が裏で始末してくれていたからだ。そして、咲夜が身を守る術を徹底的に叩き込んでくれたからだ。

────あの日から、誰も殺さないと誓った男は、誰一人殺すことなく、陽菜を守り続けた。


「いいか、お前が影山家に近づいちまったんなら、俺は今まで通り、お前を守ることは不可能になる。それでも────」


 改めて、陽菜を真っすぐ見つめる。陽菜も真っすぐ見つめ返した。二人の会話は、これだけで通じる。心は、常に一つだ。


「俺に生きることをくれたお前を、俺は絶対に手放さない。太陽は、誰にも落とさせない」

「……ありがとう、咲夜。私も、夜にしか会えないあなたの言葉を、ずっと忘れない」

「そうか……なら、お前を守るためなら、危険なことはへっちゃらだ。俺にもう一度会えるまで、自分の身を守り続けるんだ」


 陽菜は彼のこれからすることがわかった。どんな危険を冒してでも、彼は影山家にいる私に会うつもりだと。


「……また、会えるの? 危険なことをしたりしない?」

「するかもなぁ……だが、一応予定は立ててるんだ。何とかそれを使って、もう一度、陽菜ちゃんのそばで守り続けるとも」

「────なんだか、騎士ナイトみたいね、咲夜は」


 すると咲夜は、ポケットをゴソゴソと漁り、オレンジ色の小さな棒付きキャンディーを、陽菜に手渡した。


「当たり前だぜ、陽菜ちゃん。俺にとっての、太陽なんだからよ!」




────そして現在、彼はもう一度、その言葉を口にするのだ。


「俺にもう一度会えるまで、自分の身を守り続けろって言っただろ? ちゃんと約束守ってたんだ、そろそろそばにいてやらないとな」


 陽菜の目には、涙がにじむ。どれだけ堪えようと、口をしっかり結んでも、涙はぼろぼろとこぼれていく。咲夜はただただ、驚くばかりで何もできない。こんな時に涙を拭いてあげられる、ハンカチもない。


「えぇぇ! ちょ! 待ってよ陽菜ちゃん、どうしたの!」

「バカ! ここは言わなくてもわかりなさいよ! ずっとずっと、会いたかったんだから!」

「あああああっ! ごめん、ごめんって陽菜!」


 泣きじゃくる陽菜を、咲夜はその大きな体で、包み込むように抱きしめる。


「今も昔も変わらず……戦うには少し小さな体だなぁ……」

「あなたが大きすぎるのよ……って、何勝手に抱き着いてるのかしら、このバカッ!」


 泣き止んだ陽菜からの、唐突な平手打ち。なんでー! と叫びながら、咲夜はくるくる回って、ドタッと倒れこんだ。


「あいたたっ……まったくぅ……陽菜ちゃんは手厳しいぜ……」

「混乱に乗じて、人の体触るほうがどうかしてるんだけど」


 だがまぁ、と言いながら咲夜は立ち上がり、もう一度、キャンディーをくわえなおす。


「俺は、影山望のボディーガードなだけであって、影山家そのものに属しているわけじゃねぇ。だから3年もお前に会うことなく、身を隠せたわけだが……」

「望様、進様の件があって、これ以上は身が隠せないと」

「まぁな。オーアに狙われるのは時間の問題かもしれねぇ。いいや、すでにオーアは動いている」

「それは……」


 その件については初耳だった。それ以外については、陽菜と咲夜は同等の知識量を持っているが……都合上、咲夜のほうが多く知っていることもある。特に、オーアについては。


「あぁ、陽菜ちゃん。たぶんもうすぐだろうから、言っとくぞ。狙われるのは────」


 海際……船の汽笛が鳴り、その声は陽菜にしか聞こえない。だが、それで、陽菜は現状を把握した。


「待って、じゃあ明様は……知ってて?」

「でしょうねぇ……お嬢は────」


────影山家の次期当主として、もう全部知ってるんだ────

奇跡と偶然、太陽と月……なんてね

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