1曲目 〝歌姫〟と野菜屋
「あ、その荷物こっちにお願いします」
一人暮らしをする割には広さがそれなりにある部屋に声が響く。
「ふぅ~、っと。大体こんな感じで良いのかぁ~?」
「ありがとうございます! お陰で捗りました。え? いえ、いくら引っ越しの手伝いをして頂けてもこんなに予定より早く終わるとは思いませんでした。足を引っ張ったなんてとんでもないですよ! 本当にありがとうございます!」
僕の名前は、天池 雨音。天の池に雨の音と書いて、天池雨音だ。
この春、中3になったばかりの僕はうどん屋である実家を出た。
そして、時計塔があり静けさが心地良さそうなこの少しばかり小さな町に今日引っ越してきたのだ。
ついでに云うと今、僕が引っ越してきた近所に住んでいるらしい40代前半(には見えない位若々しい)の男の人に、引っ越しの荷物の運び入れを手伝って貰っていたのだ。
「君の名前は何と言ったっけ? あぁ、俺はこの家の左隣の隣の隣で野菜屋と果物屋の野菜屋の方だぞ、どうぞ御贔屓に! ってなー」
ニカッと笑うと顔のどこからか滲み出ている子供っぽさが伺える。
と、そんな事を思いつつ、手近な所にある段ボールをガサゴソと探っていく。
目当ての物を取り出して、彼に渡す。
「僕の名前は天池雨音です。これ、引越蕎麦の代わりの手製うどんです! 実家で作った物なのでかなりいけると思いますよ!」
かなり、勢いが激しかったので心なしか少し退いている。
「お、おぉ、そうかあんがとなー。後で昼飯として美味しく頂かせて貰うよ。じゃあ、店番任せ過ぎっとけっこー怒られるからそろそろ帰るわ」
「分かりました、では奥さんにも宜しくお願いしますって、伝えて頂けますか?」
「あぁ、勿論だ! じゃ、またなー」
そう言って、野菜屋のおじさん(にはとても見えないが。)が出て行った後に部屋をぐるりと見渡して息を吐いた。
「嵐みたいな人だったな………。突然現れたと思ったらすぐに帰って行ったし…。でも、良い人みたいだし、今日のお昼はうどんと………野菜でも食べようかな!」
8分程度で簡単に支度を済ませ、買い物に行こうと玄関の扉を開ける。
そして、買い物をしようと家を出た。
店迄はあと僅かだが、大きめの歌声が聞こえてきたので立ち止まる。
顔を上げると、目に入ったのは清廉な印象を見た者に与える、綺麗な黒髪。
嫌にならない程度にレースがあしらわれている真っ白なワンピース。
この世の清浄な物以外に一切触れた事が無いのかと思う位に、穢れが感じられないその姿に息を呑む。そして、その濁りが無く、何もかもを見通す様な黒瞳。
すると、髪が揺れている事に気が付いた様な少女は髪を押さえつつ、雨音に見つめられている事にも気付いたようで。
目があった瞬間、心臓もだが時間も止まったかのようだ。
が、唐突に小鳥の囀ずりを感じる。
「ん?」
──首を傾げる美しい少女が、そこには居た。──
(誰、なんだろう。見た事無いし、誰かの親戚とかなのかな?まぁ、野菜屋のお兄さんにでも聞こうかな?)