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恋と愛と性欲の談義2

 

「僕も、安森やすもりさんのことは好きだよ」


 ふじくんが言った。


「でも、性欲は湧かない」


 その言葉に、少しほっとすると同時に、どこか寂しさも感じるのは、矛盾しているだろうか。


「それは、藤くんにとっては、どういう好きになるの?」

「そうだなあ……」

「友達の好き? それとも家族みたいな好き?」

「どっちもちょっと、違うような」

「じゃあ何?」

「だって今の僕らの関係って、友達の域は超えてる気がするし」


 その言葉に、少し驚いた。


「友達の域を超えてるって認識はあるんだ」

「ただの友達の……異性の友達の家に、何日も泊まったり、隣で寝たりしないよ」


 藤くんとは、普段はちゃんと寝室とリビングに別れて寝ているが、たまにリビングであたしが寝オチしていて、気付けば隣で藤くんが寝ていることがある。

 藤くんは絶対あたしのベッドは使わないし、寝ているあたしを勝手に移動させることもない。でも必ず、毛布はかけてくれている。


「じゃあ何?」

「うーん……でも、家族か……、家族とも、違う気がするし。僕の中では、安森さんは、居心地がいい人であるのは確かなんだけど。あと、ほっとけない人」

「じゃあ、異性に対する好きじゃないんだね」

「いや。それも、ゼロじゃないと思う」

「そうなの?」

「だって一緒にいて、安森さんのこと、可愛いなって思う時あるもん。ちゃんと女の子だなって」

「可愛いなって思っても……でも、したいとは思わないんでしょ?」

「うん」


 返事は早く簡潔だ。


「でも、ほんとにまったく、ゼロのゼロってわけじゃないけどね。正直な話、1回くらい反応したことはあるよ」

「勃ったってこと?」

「勃ちそうになったってこと」

「これまでに1回だけ?」

「覚えてる限りでは」

「半年一緒にいて、1回?」

「うん」

「少なっ」

「でも安森さんだって、僕としたいと思わないんでしょ?」


 それはそうだ。

 人のことは言えない。


「でも、僕に関して言えば、安森さんに限ったことじゃないけどね。僕、あんま性欲ないから」

「…………」


 なさそうだなとは思っていた。

 いわゆる草食系というか、それを通り越して植物系というか、でも植物にしても食虫植物とかいるし、となると絶食系というか。


「つかぬことを聞いてもいいですか?」

「はい、何ですか?」


 片手を上げたあたしを藤くんが促す。


「男の人が好きってわけじゃないよね?」

「女の子が好きです」

「これまで付き合った子は?」

「いるよ」

「その子たちとセックスは?」

「したよ」


 その答えに、ほっとした。

「でも」と藤くんは続ける。


「僕からしたいと思うことって、ほとんどなかったな。相手がしたいと思うから付き合うけど、しなくてもいいなら、それはそれで全然構わないし」

「セックスが嫌いなの?」

「したらしたで気持ちいいし、別に嫌いなわけじゃないけど。でも、手でも口でも、極端なこと言えば相手が誰でも、こすれば普通に気持ちいいし、それなら自分でいくらでも処理できるんだよね」

「自分ですることあるの?」

「たまに」

「何で?」

「『何で?』」

「彼女に性欲感じないのに、何に感じるの?」

「それはまあ、AVとかで…見た目ものすごくタイプの子がいた時とか…」

「AVは見るんだ」

「見るよ、男だもん」

「でも、性欲ないんでしょ」

「ないわけじゃないよ。強くないだけで」

「想像できない」

「何が?」

「藤くんがAV見て抜いてるとこ」

「しなくていいよ」

「じゃあ、それで事足りてるなら、何で彼女とするの? 義務感?」

「義務だとは思ってないけど。好きな人が喜んでくれるのは嬉しいもん。彼女が僕としたいと思って、それで気持ちよくなって幸せを感じるなら、してあげたいと思うよ」

「じゃあ自分から誘うことはあるの?」

「向こうがそれを望んでそうだなって思ったら、そうだね。でももちろん、僕自身がしたいと思うこともある。たまにだけど」

「でも、それを知ってて彼女になった子は、複雑じゃない?」

「そうなのかな? これまで、そんなこと言ったことないからわかんないけど」


 言わないで正解だったと思う。

 だって自分の彼氏が、本当にしたくて、自分に欲情してセックスを求めているわけじゃないと知ったら、落ち込むんじゃないだろうか。それとも、逆にだからこそ、嬉しいんだろうか。つまりは自分のために、自分を気持ちよく、幸せにするためだけにセックスしてくれるのだから。

 ――どちらにせよ。


「何というか……藤くん、生物としての本能が欠けてるね」

「そうだね。たまに思うよ。僕子孫残せるのかなって」

「残したいの?」

「自分が親になるって全然想像できないけど、親は孫が見たいだろうからね」


 つまり、自分のためじゃない。

 この半年一緒に過ごしていて、たまに思うことがある。

 藤くんって、自分のためだけに何かすることってあるんだろうか。

 お金に困ってるんじゃないかとか、家事がしたくないんじゃないかとか、藤くんがここにいる理由に関して色々想像はしたけれど、結局のところ朝起こしてもらったり、帰ってきたら部屋が暖かかったり、藤くんに頼って、藤くんがいることで助けられているのは、断然あたしの方なのだ。

 何で藤くんは、そんなあたしを好きなんだろう。

 しかし、傾きかけた思考は、藤くんの声に引き戻された。


「安森さんは、今のままの『好き』じゃだめなの?」

「どういうこと?」

「今のままの『好き』で、僕と付き合おうとは思わない?」

「思わないっていうか、思えないっていうか、いいのかなっていうか……」

「じゃあ何でわざわざ、僕に打ち明けたの?」

「異性に対してのこういう気持ちって初めてで、自分でも扱いかねてるっていうか……」

「うん」

「これまでの恋愛は、長続きしないのが多くて。しかも、どれもあんまいい終わり方じゃなくて……。だからこれを機に、新しい始め方というか、関係を見つけないとだめなのかなって、思って」


 これまで人並みに彼氏はいたし、その中には結婚したいと思う人もいた。

 けれど、結局は続かなかった。

 理由はその時々で違ったけど、共通しているのは、付き合っている間は「すごく好きだった」ということ。

 だから自分がふっても、ふられても、長い間引きずった。

 そんな経験から思ったことは、今度は、「ほどほどに好きな人」でもいいんじゃないか、ということだった。

 地に足の着いた恋愛ができる人。

 離れている時も四六時中相手のことを考えてにやにやしたり、喧嘩した時は泣いてご飯が食べれなくなるほど悲しくなったりしない人。

 藤くんが、トレーナーの上から自分の腕を掻く。


「じゃあ、僕と安森さん、ちょうどいいのかもね」

「え?」

「僕も安森さんも、一緒にいて居心地のよさを感じていて、互いに好きだけど、性欲を感じない。これまでの安森さんの恋人に対する気持ちとは違うかもしれないけど、僕らの感じてることが同じなら、うまくいくんじゃない? それこそ、今安森さんが言った『新しい始め方』が、できるのかもしれない」

「でもそれじゃ、付き合ったところで、今までのあたしたちと何が変わるの?」

「変わりたいの?」

「…………」


 切り返されて、言葉に詰まった。


「安森さんは、僕とセックスありの付き合いをしたいの? でも、湧かないんだよね? 性欲」


 そう、だから、困っている。

 付き合うということはつまり、そういうこともあるというのが自分の認識だ。

 藤くんのことは好き。でも、したいとは思わない。

 じゃあそれは、本当に好きなんだろうか。友達や家族と、どこが違うんだろう。


「安森さんは、セックスする相手を探してるの? それとも彼氏が欲しいの? それとも『僕』と付き合いたいの?」


 藤くんのその質問は、核心をついているような気がした。


「セックスする相手を探してるわけじゃない……好きな人じゃなきゃ、したくないもん」

「じゃあ彼氏は?」

「彼氏は……欲しい」

「じゃあ僕じゃなくてもいいんだ?」

「でも、候補を考えた時、今一番に思い浮かぶのは、藤くんだと思う」

「でも、したいとは思わない」

「うん」

「つまり、もし僕と付き合ったとして、僕以外に安森さんの性欲を刺激する人が現れたら、そっちが一番になる可能性もあるってことかな」

「それは、ない……とは……言えない」

「うん」


 正直でよろしい、とでも言うように藤くんは頷いた。


「でも、藤くんを……とにかく彼氏が欲しいからって、したいと思う人が現れるまでのつなぎ……みたいに考えてるわけじゃなくて……」


 自分の気持ちを、今考えてることを表す言葉を自分の中に探す。


「藤くんに対して、そういう気持ちが湧けばいいのになって、思ってる。そしたら、こんなに悩まなくても、すぐに付き合おうよって言えるのに、って。それくらい、藤くんのことは人として信頼してるし、好きだから」


 自分の内面を探りながら、たどたどしく説明するあたしの言葉を黙って聞いていた藤くんが、「うーん」と、両腕を組む。


「安森さんにとっては、性欲を感じない恋人はあり得ないの?」

「あり得ないっていうか、いたことがないからわかんないっていうか…」

「今戸惑ってるってことは、あったほうが受け入れやすいってことだよね?」


 好きなら、相手に触れたい。一緒のベッドで眠りたい。それが自然なことだと思う。

 だから、そう思わない藤くんが、自分にとって何なのか、よくわからない。

 それとも自分が知らないだけで、性欲なしの恋人関係もあるんだろうか。

 でもそれは、恋人というよりは、やっぱり長年連れ添った夫婦やただの「すごく仲のいい友達」に留まるんじゃないだろうか。


「これまでの恋人と長続きしなかったのは、きっと安森さんのせいだけじゃないんだから、安森さんの好きの定義というか、付き合おうと思う基準を変える必要はないんじゃないかなとも思うけど……それでも、そんなに悩んでくれてるなら……」


 藤くんは少し考えた後、腕を解いてぽつりと言った。


「……試してみる?」

「え?」

「これまでの安森さんの相手への恋愛感情が性欲と繋がってるんだとしたら、もし僕と寝てみて、それがそれなりによかったら、僕のこと、『好き』になるんじゃない? つまり、『性欲を伴った好き』に」



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