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ほきゅんとする飲み物の渡され方

 

 電車を降りると、前の車両からクラスメイトの綿谷わたやが降りるのが見えた。

 改札を出てから駆け寄って、声をかける。


「綿谷、おはよ」

「お、濱野はまの。はよ」


 答える綿谷のネックウォーマーの奥から、白い息が漏れる。


「さみーな。部活?」

「うん。そっちも?」


 と聞きながらも、上下ジャージにエナメルバックの姿を見れば一目瞭然だ。

「そう」と答える綿谷は、両手をポケットに突っこみ、寒さに肩を強張らせている。


「気温が5℃以下の日は部活禁止にすればいいのにな」

「それ、冬はずっと休みじゃん」

「30℃以上の日も禁止」

「とか言いながらも、ちゃんと出てるよね」


 口ではぶつぶつ言いながらも、日曜の今日も、こうして朝早くから電車に乗って登校している。


「ま、周りから期待されてるからな。エースはつらいのよ」

「はいはい」


 綿谷は中学の頃からバレー部で、高校に入ってからも、1年生ながらレギュラーの座をキープしている。

 顎までネックウォーマーに埋めて、綿谷が視線を寄越す。


「濱野何だっけ、トランペットだったっけ」

「トロンボーンだよ。でも寒いと指動かなくなるんだよね」


 だから冬は嫌だ。夏も暑くて嫌だけど。

 パート別練習の時は教室だけじゃなくて、エアコンのない渡り廊下や階段の踊り場でも練習するから、そんな日はちょっとテンションが下がる。今日は日曜だから、空き教室が使えるはずだけど。

 前方にコンビニが見えてきて、綿谷を見上げる。


「あたし昼ごはん買うから、コンビニ寄ってくわ」

「あ、俺も。ってか濱野いっつも弁当じゃなかったっけ?」

「休みの日はお母さんも作りたくないって」

「あーね」


 パンを2つと、お菓子につまむチョコをレジに持っていき、会計を済ます。

 綿谷を待っていると、窓の外を雪がちらつきだした。


「あ~、降ってきたか」


 振り返ると、綿谷がげんなりした顔で立っていた。


「外出たくねー」

「でも出なきゃ」

「はぁー…」

「さむっ」


 自動ドアが開いた瞬間頬を撫でた風に、体がぎゅっと縮こまる。

 まだ傘を差すほどではなく、そのまま歩き出したあたしに、袋を探った綿谷が何かを投げて寄越した。


「ほい」

「え? あっつ!」


 投げられたのは小さなペットボトルだった。

 反射で受け取ったものの、その熱さに思わず叫ぶ。


「持ってて」

「何? くれるの?」


 見下ろしたラベルはミルクティーだった。


「俺猫舌だから。飲めるくらいになるまで持ってて」

「はあ?」


 自己中だなおい。

 とか思いつつも、これで暖が取れるのはありがたかった。

 熱さに慣れるまでペットボトルを両手の間で転がして、慣れてきた頃に両手で包むと、じんわりと温かさが身にしみた。

 雪はひどくなることはなかったが止むこともなく、2人して話題の隙間に何度も「寒い」と挟んでいるうちに、学校に着いた。

 校門を過ぎると、下駄箱に向かうあたしと、体育館に向かう綿谷で行き先が分かれた。

 綿谷から言い出さないのをいいことに、学校に着くまでちゃっかり暖を取らせてもらったペットボトルを差しだす。


「綿谷、これ」

「ん? ああ……やる」

「え?」

「歩いてたら、紅茶の気分じゃなくなった」

「は?」

「じゃーな」


 あたしの手の中にペットボトルを残したまま、綿谷は小走りに去っていった。

 その後ろ姿を、唖然と見送る。


「なに人に持たせといて…」


 結局いらないとか。

 買ってからまだ5分と経ってませんけど。

 まあ、自分の手はしっかり温まったけど。


(――いいか、未開封だし)


 本人がやると言ったのだからもらってやろうと、そのまま下駄箱に向かった。

 校舎に入ると、今着いたのかちょうどスリッパに履き替えた松江がいた。松江は同じ吹奏楽部で、ホルン担当だ。

 上がろうとしていた足を止めた松江が、あいさつもそこそこに手の中のペットボトルに気付く。


「いーなー。あったかい飲み物。来るまでに体凍えるよね」

「あーこれ。綿谷がくれた」


 スリッパに履き替え、下駄箱の扉を閉める。

 松江に並ぶと、揃って音楽室に向かって歩き出した。


「愛されてんね」


 にやにやしながら言う松江に、肩をすくめる。


「どこが? 気分じゃなくなったって、自分がいらないもんくれただけだよ」

「何言ってんの」

「何が?」


 意味がわからず尋ねると、松江は楽しくて仕方がないという顔で答えた。



「何がって。綿谷、甘いの飲まないじゃん」





「ほっと」+「きゅん」=「ほきゅん」

打ち間違いじゃないですよ。

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