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クリスマスの願い事2(完)

 

「余っちゃったね。全員分はないけど。いる人相談して持って帰っていいよ」


 閉店後の店長の言葉に、歓声が上がる。

 喜んでいる他のバイトを尻目に、俺は早々に辞退する。


「俺1人じゃ食いきれないからいいっす」

「友達にあげれば?」

「今日明日会える友達いないし」

「うわ、寂しー」


 それに、欲しかったところで、短い間しかいない俺がおこぼれに与るのもどうかと思うし。

 数分後、ジャンケンに買った鹿野さんは、12cmのチョコレートケーキをゲットしていた。

 着替えを終えたメンバーから帰っていく中、俺も店を出ようとすると、まだ着替えていない鹿野さんに箱を突き出された。


「じゃあこれ、持ってきなよ」

「どこに?」

佳乃よしのんとこ」

「は?」

「佳乃には連絡しとくから」

「佳乃って、あの……」

「さっきの。ベージュのコートの、セミロングの、元彼が浮気した、あたしの後輩」


 ほら、と箱を突き出してくる鹿野さんに戸惑う。


「いや、でも……」

「あんた、佳乃のこと気に入ったでしょ。っつーか、見とれてたでしょ、完全に」

「……」

「家に佳乃1人なら行かせないけど。あの子ん家、今サークルのメンバーで集まってるから。ちゃちゃっと渡して少しくらい印象付けてくれば?」

「っていうか、勝手に俺に住所教えていいんすか」

「なに森下くん、ストーカーにでもなるの?」

「ならないっすけど……」

「じゃあほら。問題なし。清瀬の友達だし」


 清瀬とは、俺にこの店の短期バイトを紹介した友達だった。一時期ここでバイトをしていて、鹿野さんとは今でも交流があるらしい。

 押し付けられたケーキを受け取り、一方的に住所を教えられると、「それじゃあたし着替えるから。佳乃によろしく」と、鹿野さんは事務所に引っ込んでいった。

 持たされたケーキを見る。

 確かにあの子と知り合いになれるなら、ものすごく、嬉しい。

 でも、いきなり俺がケーキを届けに行って、気持ち悪いとか思われないだろうか。一応、連絡しとくとは言ってたけど。渡して帰るだけなら、うざいとまでは思われないだろうか。

 そんなことを考えながら、閉店作業で片付けた袋を一枚取り出すと、ケーキの箱を入れようとして、手が止まった。

 袋には、自分が「カップル別れろ」と念じながら貼った、呪いのシールが鈍く光っている。

 別に、彼女はもうカップルじゃないし。

 別に、俺の念なんて大したもんじゃないけど。

 入れかけたケーキの箱を出し、袋を元通り畳むと、普段使う紙袋に入れ直した。

 まあ、万が一、俺の邪気がシールに残ってて、彼女に不快なものを呼び寄せてもいけないし。

 何となく、気分の問題だ、気分の。


 そう、誰に対する言い訳かわからない言い訳を頭の中で呟くと、余っていたシールを探して台紙から剥がした。


「……楽しいクリスマスを過ごせますように」


 寒さに鼻の頭を赤くしていた彼女の顔を思い出しながら。

 声には出さなかったけど、何かにそう願いながら、俺は紙袋にシールを貼った。




 ドアを開けた彼女の第一声は、「ほんとに持ってきてくれたんですか?」だった。

 どうやら鹿野さんはちゃんと連絡してくれていたようだったが、これはちょっと引いてるのか? わからない。

 もちろんベージュのコートはもう着ておらず、Vネックのニットにスカート姿の彼女は、見間違いではなくやっぱり可愛かった。


「すいません、鹿野さんいい人だけど、たまに強引なとこあるから…わざわざ面倒でしたよね?」

「いや、まあ近いんで……」


 ほんと言うと路線は同じだけど、本来俺が降りる停留所はあと3つ先だ。

 それでも、これくらいは言っておくべきだろう。

 ただ、それ以上場を持たせる言葉を見つけることもできず、彼女をまともに見ることもできず、早々に尻込みする。


「じゃあ、俺はこれで……」

「あ、待ってください」


 引き止められて、どきっとした。

 何を言われるのかと思ったが、彼女は一旦中に戻ると、また少ししてドアを開けた。


「今までバイトなら、晩ご飯まだですよね? これ、よかったら」


 彼女はビニール袋を差し出してきた。中には、カーネル・サンダースの赤い箱が見える。


「え、いや、いいっす……」

「ケーキ持ってきてくれたお礼です。あ、中はそんなに入ってないですけど。もしこれから予定があったり、食べるもの決めてるなら何ですけど、よかったら。まだたくさんあるんで」


 固辞するのも、気を遣わせるだろうか。

 確かに玄関には、たくさんの靴があった。姿は見えないが、奥の方からは話し声が聞こえ、賑やかな人の気配がする。サークル仲間で集まっているというのは本当なのだろう。料理はみんなで買い出しをしたのか、持ち寄ったのか。玄関の靴の中に、男物がないこともすでに見て取っていた。

 それが少し、俺を強気にさせたのかもしれない。

「じゃあ……」と言って腕を持ち上げると、彼女はほっとしたように見えた。

 よかった、正解か。

 ビニール袋を受け取ると、彼女は言った。


「ありがとうございました。あと少しですけど、素敵なクリスマスを」

「はい」


 目の前で、ゆっくりとドアが閉まる。

 彼女の姿が消える。

 がちゃんと音がした瞬間、食べものじゃないいい匂いが、ふわっと鼻をかすめた。

 ドアから離れ、通路をエレベーターに向かう。

 ボタンを押して、箱が降りてくるのを待つ。


「素敵なクリスマスを」


 その言葉が、心に染み入っていく。

 俺にそんなことを言ってくれる女の子がいるなんて。

「あなたも」と、一言返せばよかった。

 いや、「あなたも」はちょっと気障っぽいから、「そっちもね」とか。

 というかせめて、名前くらい名乗ればよかった。

「もうしばらくはあの店にいるから、また来てよ」とか。


 箱が来て、ドアが開く。

 乗り込んで、1階のボタンを押す。


 いざ目の前にすると何もできずに、後から思うことは、色々出てくるけど。

 それでも、心はどこか温かくて。

「カップル別れろ」と念じていたささくれだった気持ちも、今はその角がとれて、丸くなっている気がする。


 シール、貼り直してよかった。

 神様を信じる気にはまだならないけど、店長の言葉なら、少しは信じてもいいかもしれない。

 1階に着き、ドアが開く。

 外に出ながら、これから鹿野さんに少しでも便宜を図ってもらえるよう、彼女に紹介できる知り合いを探さなければと思った。



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