5-2 彼女の想い
夕食が済んで、ヴァロはベットに転がっていた。
今日はドーラ、ココルと一緒にリブネント観光をしていた。
ドーラとココルに一日中振り回され足が棒だ。
フィアはうまくやっているだろうか。
他の候補生たちに疎まれてはいないだろうか。
そんなことを考えてベットの上で大の字になってると、いきなり少女が空に現れる。
「ヴァロ」
ヴァロは少女を抱きとめると、バランスをくずしてベットから盛大に転げ落ちた。
「いててて…な、なんでフィアがここにいるんだよ」
フィアはトラードの聖堂回境師が決まるまでは湖の城から出禁のはずである。
「実は…」
フィアが言いかけるとこんこんとドアを叩く音が聞こえる。
「師匠、どうかしましたか?何か大きな物音が聞こえましたが…」
心配そうにココルが声をかけてくる。
ヴァロは慌ててフィアをベットに乗せて布をかぶせる。
ヴァロは扉から顔を出した。
「な、なんでもない。ちょっと寝相が悪くてベットから滑り落ちただけだ」
「気をつけてくださいね」
ココルはヴァロが無事な姿を確認すると、自分の部屋に去っていた。
ココルが去ったことを確認するとヴァロはフィアに詰め寄る。
「何でお前がここにいるんだよ」
「ここの静謐結界の力を使って飛ばしてくれたの。半刻だけ一緒に居させてくれるって」
大陸の主要都市に張られた結界には特有の力がある。
それを使ったのだろう。
「結界の中なら結界内にあるモノは、結界内の任意の場所に自在に飛ばすことが可能なんだって。だからリュミーサさんに無理言ってここまで飛ばしてもらったの。
半刻したら私は戻ることになる」
「…そりゃすごいな」
それは結界の力を使えば事実上、侵攻不可能ということだ。
岩などの質量物を頭上に転移させれば、一軍ですら一瞬で壊滅させることができよう。遥か上空や土の中に転移させれば、人などあっという間に葬ることができる。
使い方を間違えれば、トラードの掃滅結界などよりも遥かに厄介な結界とも言えるものだろう。
「本当にいろいろな結界があるんだな」
「私もびっくりしたわ。いきなり飛ばされるんだもん」
「それで?転移してまでわざわざここまで来たってことは、フィアは俺に何か話したいことがあるんだろう?」
ヴァロの言葉にフィアは頷く。
フィアはヴァロの隣に座り、寄りかかってくる。
「ヴァロは自分の親とか憶えてる?」
「いいや。俺は物心ついたときには兄貴と二人だけだった、親の顔もおぼろげにしか憶えていない」
「…ごめん」
「別にかまわないさ。その代わりっていうのもなんだが、俺には兄貴がいた」
兄ケイオスが自身を育ててくれた。
商会の長を務めるかたわら、幼いころから親代わりとなり、ずっとヴァロを見守ってくれていた。兄の苦労は想像することしかできないが。
「…私、最近私を生んでくれた人のことを思うの。どんな思いで私を生んでくれたのかなって」
トラードの一件を経て、少しずつフィアの考えは変わりつつある。
自身の出生や生い立ちを気にするようになってきたのを感じる。
一方でヴァロは少しずつフィアが自身の手から離れていくのを感じていた。
「私を育ててくれた人もいた。たしかに私はメルゴートに利用されて捨てられたけれど、今思うと決してそれだけじゃなかった気がする」
彼女の生まれた場所はこの地上にない。
魔王崇拝者の集団その汚名を着せられ滅された魔法結社メルゴート。
彼女は過去と向き合い、それを受け入れはじめているようだ。
彼女の虐げられていた過去も含めて。だから今ヴァロの前に現れた。
「もしその人たちのいた痕跡があるのならばそれを否定したくない。私は受け入れるつもり」
彼女の横顔をヴァロは頼もしく感じた。
「…フィアはそれでつらくないのか」
「私にはヴァロがいる」
フィアはヴァロの右腕をギュッとつかむ。
「それはフィアの選んだ決断で、フィアはそれに後悔しないな?」
「うん」
「なら俺はどうなろうともお前を信じるし、お前の味方だ。どうあろうとそのことは最後まで忘れないでくれ」
フィアはしがみつく腕に力を入れる。
自身が彼女の決定の妨げになってはならない。
「くっつきすぎだ」
「時間が来るまでこうしてる」
引き離そうとするもフィアは一向に離れる様子を見せない。
フィアの体から甘いにおいがした。
密着し感じる柔らかな肢体、艶やかな光沢を帯びた唇、流れるような金の髪。
ぞくりと抱きしめたい衝動に駆られるもヴァロはそれを辛うじて自制した。
少女の信頼をここで失うわけにはいかない。
「…俺も一応男なんだがな」
ヴァロは悶々としながら、残り時間フィアのされるがままになった。




