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第9話 走れ!ツキノワグマ!


 近衛兵団団長――ギュウドン。


 彼の縦のような大きくたくましい背にはそれに十分似合った大剣がいつも斜めにかけられている。


 その大剣は従来のサーマッカー兵が使用している長刀とは全く違う。


 ギュウドンの愛用する大剣は――月のように大きく曲がってるのだ。古代中国で使用されていた青竜刀なるものよりもその大剣は曲がりに曲がっている。


 ギュウドンがその月のように曲がった特殊な大剣で数々の敵方を殴るように斬っていくその姿に皆は畏怖し――こう呼んだ。


 ――<ツキノワグマ>と。


 ギュウドン本人もその<ツキノワグマ>という渾名は大変気に入っているようで、彼の普段着の多くは<ツキノワグマ>という文字が黄金の刺繍で縫ってある。


 そして、このギュウドン。


 現在は、リュミエールの部屋へと昼食を運びに、城内の高貴な大理石製のタイルの上を足音を豪快に立てながら、歩いている。


 歩いているというか、もうそれは――スキップである。


 彼の近衛兵の部下たちが常日頃厳しい表情しか見せたことがない近衛兵団団長であるギュウドンを不審に見つめるなか、ギュウドンは興奮して弾んでばかりの彼自身の心情とともに爽快なステップを刻む。


 なぜ彼の心情が高調しているのか。


 なぜ彼の機嫌はこんなにもいいのか。


 それは至って――単純である。


 単純明快である。


 リュミエールに対する恋心――ただそれだけだ。ただそれだけが、三十代のおっさんにスキップをさせている。


 国王の娘とただの一介の剣の腕のみでここまでの地位まで這い上がってきた成り上がり者。


 ――叶わない恋。そんなことはギュウドンが一番知っていた。


 だけれども。


 恋は不可逆であり、尚且つ、恋をしてしまったらそれはもう恋しかそこには無いのだ。

 諦めるなど、この気持ちを抑えこむなど――到底できないのだ。


 だが。


 主従関係において、私情を挟んではいけない――ましては恋心など――それもギュウドン自身が一番よく知っていた。


 だから。


 彼は。


 ――ただ彼女の笑顔をそばで見ていたい。


 そう思うのだ。



             ■■■




 そうこうしているうちにリュミエールの豪勢な昼食が置かれているお盆を可愛げに両手に持ったギュウドンは、リュミエールの部屋のドアの前で深呼吸をしていた。


 彼がドアの前まで来て、既に五分経過している。


「……あの、ギュウドン団長、私達は……下がったほうが、よろしいでしょうか?」


 ギュウドンを挟む、見張り兵二人のうち一人が代表として、意を決して声をかけた。


 先ほどから挙動不審のギュウドンに対して。


「いや、だ、だ、大丈夫だ。下がらなくていい」


 途中途中吃りながらもそう答えるギュウドン。


 そう――大丈夫だ。


 髪のセッティングには一時間弱使い、体中には今流行りの爽やかな柑橘系の香水を適量つけてきた。


 大丈夫、大丈夫!


「リュミエールお嬢様。私――近衛兵団団長ギュウドンがお昼食をお持ちしました」


 リュミエールの返事をドアの前で待つギュウドン。


 鳴り止まない心臓音。



「は、入っていい、ですわあ」



 ――ん?


 ギュウドンは思わず首を傾げる。


 なんか――声が少し、震えているような気がする。


 なぜだろう?


 もしかしてたら――緊張しているのではないだろうか。


 もしかしたら――私に、緊張してくださっている?


 ――ないない、内心で全否定するギュウドン。


 ギュウドンはこれ以上、憶測の飛び交う自身の楽観的な脳内を断ち切るため、ドアを開ける。


 所詮、憶測は憶測でしかないのだから。


「失礼致します」


 女性の部屋独特の甘い香りがギュウドンの鼻孔をくすぶる。


 そしてギュウドンの視界に飛び込むのは――リュミエールの後ろ姿。


 純白のワンピース、そして綺麗な金髪。


 分かってはいても、やはり――綺麗だった。絶世の美女だった。


「ご昼食は、どちらに置いたら?」


 リュミエールの顔をひと目見たいと多い、不執拗に言葉をかけるギュウドン。



「そっそっこの、テーブルに、置いてってくださる?」



 ――やはり、何かが可笑しい。


 終始、ギュウドンが動く度にまるで――顔を見られたくないかのように、背中を見せ続けるリュミエール。


 ギュウドンは黙考する。


 もしかしたら――体調が悪いのかもしれない。


 もしかしたら。


 もしかしたら――顔が紅潮していて、見られたくない?


 ――ないない、ギュウドンは学ばない自分自身に失笑しながら、その憶測や妄想の類を打ち消す。


 憶測は所詮憶測であり、妄想は所詮妄想である。


 なら――進むだけ。


 ギュウドンは自分を避けるように部屋中を移動するリュミエールの後ろから彼女の肩に手を置いた。


「失礼」


 そう端的に言い捨て、肩を優しく引っ張り、リュミエールの顔を見ようとするギュウドン。


 まぜギュウドンの目に飛び込んできたのはリュミエールの宝石のように美しい碧眼ではなく。


 ――深く刻まれたほうれい線。


 そしてシワ、シワ、シワ。


 その姿はリュミエールとは見ても似つかない――イヨの老けた顔面。


「く、口が少々、臭いですこと、ギュ、ギュウドン」



「黙れ!クソババアアアアアアアア!!」



 ギュウドンの暴言がこの豪勢な部屋に轟く。


 その時だった――



「ギュウドン団長、報告いたします!」



 ギュウドンの部下である近衛兵の男が早口でその口上する。


「何事だ」


 ギュウドンは今の沸々と湧き上がる感情を一時的に抑えこみ、返答した。



「<黒髪>が王都を襲撃。街中を黒のインクで染め上げているようです」



 小さな悲鳴を上げるイヨ。


「まさか……」ギュウドンはあってほしくない最悪のケースを口にする。「イヨ、リュミエールお嬢様は、何処へ?」


「お、王都ですっ!外の空気が吸いたいと……私のせいで、私のせいで」


 ギュウドンはイヨが自責の念に駆られるなか――足が動いていた。勝手に動いていた。

 ――自分にはそれしかできないから。


 後ろから追いかけてくる部下にギュウドンは言う。


「出撃だ」


「ですが、団長」と部下。


「なんだ?」


「現在、前王の埋葬の儀式の下準備に大半の近衛兵、憲兵が出払っているため……」


「リュミエール様が<黒髪>に誘拐されてしまったらどうするのだ!」


「ですが……まだ誘拐されたとの情報は……」


「それでは遅いではないか!」激昂するギュウドン。「あやつらが考えることなんて見当がつくだろうっ!たかが王都を見せしめのように染め上げるだけで襲撃したと貴様は言うのか!」


「出来る限り、人数を揃えるよう尽力いたしますが……期待はできない、かと」


 というのも、近衛兵、憲兵にとって前王の埋葬を儀式の準備に参加できるということは大変名誉とされていた。


 なぜなら亡くなった前王の全長10M以上ある宝石であしらった墓石に自分の名前が刻まれるのである。


 それ故、不謹慎かもしれないが、自身の名前を刻みたくて国王軍になったという者も珍しくはない。


 だから、いくら前王の娘とはいえ誘拐されたのか不確かな状態で近衛兵を名誉ある行動をやめさせ、こちらに同行させるのは――中々難しい。


 ――だが、今は仕方ない、そう思いギュウドンは、


「それでいいっ!急げ」


「はっ」


 ギュウドンに遂行していた部下は近衛兵徴収のため、前王の眠る部屋へと向かう。


 一人リュミエールの救援にと走り続けるギュウドン。



 ――どうか、これが仕組まれたものではないと、そう願って。





 ■■■




 極小数の直轄の部下、そしてサクラティメントの巡回にあたっていた憲兵(前王の埋葬の儀式にも参加できない落ちこぼれの兵士)とともにギュウドンは短時間で変わり果てた王都サクラティメントを見つめていた。


「……発見できませんでした」


 自主避難していた国民のなかからリュミエールを探すよう命令していた部下がそうギュウドンに報告した。


 ギュウドンは馬上から苦い顔をしながら、声も発せず、ただ無言で頷き部下の報告に答えた。


 目前は――黒インキで汚されてしまった大通り。


 第一発見者たちであるサクラティメントに店を構える商人からの情報だと、<黒髪>はそう長くここに滞在せず、ある程度黒インクでこの街を染め上げたところで、早々に自らの巣へと退却した、とのことだぅた。


 

 それを聞いた、ギュウドンは思う。


 ――してやられた、と。


 それを聞いた、ギュウドンは確信する。


 ――これは仕組まえている、と。



 ギュウドンの健康的に日焼けされた肌を夕焼けが上塗りした。


 あたかも――黒色に塗られたこの街のように。




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