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第8話 人それぞれの自己嫌悪


 現王の長女の誘拐――という極秘任務を命じられた僕、リン、そして名無し。


 僕ら三人の間には先ほどの沈黙とは違った静けさと、ただならぬ緊張感が渦巻いていた。


 それを見つめる主宰は僕らの空間としてみたら――異次元の存在、遠い存在。


 生暖かい夕風が僕の頬を薄っすらと撫でるなか、リンはゆっくりと手を挙げ、開口する。



「質問しても、よろしいでしょうか?」


「時間がない。簡潔に、核心をつけ」


「それは、確かでしょうか?」


 リンは品定めするように真っ直ぐ主宰の双眸を見据える。


 主宰は自信に満ち溢れた表情で、


「ああ。確かな情報源だ」


「――はっ」


「リュミエール様は現在このサクラティメント大通りを歩行中。年は十代後半。髪色は白髪に近い金髪――だが現在はできるだけ目立たないようにとフードを着用しているためきっと髪色ではできないだろう。だが――」


 主宰は嗜虐的な笑みを浮かべ、


「お嬢さまだ。それだけで、それだけであっても――ひと目で分かる。今回の王都襲撃は武力衝突は一切しない。まあ、しても自衛のみ。よって、お前たちは憲兵兵が来るまでにリュミエール様を探せ。失敗はするな」


「「はっ」」


「はっ」遅れて返事をする僕。



                   ■■■


 リアルはサクラティメントの路地裏を歩きながら、震えてしまった両手を両手で押さえる。


 震えている両手を震えている両手で押さえたって、震えは止まらないのに、止まるどころかその振動は重なりあい大きくなる――そんなことは知っていながらも、リアルには自らの手で押さえるしか無かった。


 ――否。


 それ以外の――方法を知らなかった。


 重なりあう屋根の隙間から差す光が作った不器用な模様がきちんと舗装されていないレンガの道に描かれている。


 その光景を見たリアルは思わず足を止めてしまった。


 ――私は下を見て歩いていた。その事実がまるで鏡のように跳ね返って自己嫌悪をもたらす。


「どうかなされましたか、リアル様」


 不意に足を止めてしまったリアルを心配に思った側近ナーバスはそう前方を歩くリアルにそう声をかける。


「――大丈夫だ」


 そう――大丈夫だ。何も心配することはない。


 これは国のためそして――黒の魔女協会のため。


 これ以外の方法はない。


 自らのシナリオ通りに動けばいい。それだけのことだ。


 リアルはそう自分自身に言い聞かせ、道に描かれた光の模様を避け、また暗闇に右足を落とした。



 ――後ろから迫る笑みを知らずに。




                   ■■■



「あなたが、サーマッカー三世の娘にして名君サーマッカー一世の生まれ変わり――リュミエールお嬢様ですね?」


 主宰はそう言っては、馬車の天井から高らかなに笑う。


 僕の目の前にいる黒いインクまみれの女性の肩を少し揺れる。


 ――図星のようだ。


 主宰のその声と高らかな笑い声によってリュミエールが発見したことを察したリンと名無しは僕の元へと駆け寄ってくる。


「くそ、俺のアピールポイントが奪われた……」と嘆く名無し。


「あなたは探そうともせずにただ黒いインク塗ってただけじゃない」嘆息するリン。「どうやって、いとも簡単に見つけ出したの?」


 出会ったときとは違い優しく語りかけてくれるリン。


「たまたま、レンガ道の段差に転びそうになったときに誤って黒インクを掛けてしまった相手がその……リュミエール、お嬢様?だったってだけで……」


 リンは主宰に聞く。「これも『英雄』としての素質、ですか」


「――さあ」肩をすくめる主宰。「ただ、『英雄』くんの素質、となら言ってもいいだろうね。だって、『英雄』くんが来たばかりの初日だけでこの戦果。……評価してもしきれないほどに『英雄』くんは活躍しているよ」


「……はあ」


「実感していないようだね。まあ……それも『英雄』くんらしいと言ったところ、か」


 主宰は「さて」とそう投げ捨て、馬車の天井から降り、地面に足をつける。


「本当は地面に足をつけたくはないんだけど、しょうがない。僕はこれから接待をする側の人間だからね」


 地面に足をつけたくない……?


 潔癖症か――いや、違う。たしか僕と憲兵から逃走中の際は普通に何も気にせずに走っていた。


 もしくは……上から僕らを睥睨することによって、優越を感じたい?


「それは酷いと、『英雄』くん。僕はそんな人格破綻者ではないよ。まあ、確かに社会不適合者と言われてしまったら、否定することはできないけれど。少なくとも潔癖症ではないし、そんなことで優越感を満たした――なんてことは一度も思ったことはないよ。神に誓って。いや――」


 主宰は咳払いすると、自身の前髪を触っては、


「この髪に誓ってね」


 安易な言葉遊びにも関わらず、この人が言うと何でも様になる。


「ありがとう、『英雄』くん」


 主宰は怖がってしまって体が膠着してしまっているリュミエールの眼前へと移動し、片膝を地面についた。――これもまた主宰なりの彼女に対する接待の一貫なのだろう。


 まあ、本人の前で『接待』という文言を口に出してしまったところで、それが、主宰のする行動が接待なのかはわからないが。



「リュミエールお嬢様、我が巣<東京>をご覧になりたくはありませんか?」



 それはもうほとんど――ただの脅迫に過ぎなかった。




                 ■■■



 馬車の揺れによって輪郭が不確かな夜空がいつもより遠く感じた。あの城の窓から眺めた夜空よりももっと遠くに。空との距離が変わってしまったから――そうリュミエールは思うことにした。


 今頃城内は大騒ぎになっているに違いない。ただでさえ前王サーマッカー三世が病死したばかりで混乱しているというのに、今度はその長女リュミエールが誘拐された、となったら。


 イヨが心配だ。たとえ私が外に出たいから協力したと、そう説明しても罪は重いはず、命も危ないかもしれない――リュミエールを溢れる不安とこの先の不安が襲う。


 そして、もう一つ。


 ――弱い自分。


 怖くて一歩も動けなかった自分。


 怖くて声も出なかった自分。


 黒髪に染まってしまった――自分。


 きっとすぐに洗い流せばもとの白髪に似た金髪に戻るはず――そう思ってはいても、考えてはいても、どうしてもこのまま黒髪として生きていき軽蔑されてしまう自分を思い描いてしまう。


 ――前王サーマッカー三世は跡継ぎにリュミエール様を指名した。


 思い返すあの根拠の全くない妄言。


 今なら断言できる。



 ――私に王なんて、無理だ。



 誰にも気付かれないまま一滴の雫が彼女の頬を撫でた。

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