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第5話 重なる感情、重なる空模様


「さあ、剣を抜け。自らの口内から黒色の剣を」


「それは心に秘めた侍魂を――云々言うような精神論的な意味合いでの文言ですか?」


 主宰は目を細め、笑う。元から主宰は目が細いほうだが、その細目をより細くした。まるで蛇のような男だ。


「違うよ、『英雄』くん。その――侍魂とかそんなことじゃなくてさ、比喩表現でもなくてさ。そのままの意味だよ。本当に」


 そのままの意味――なのだろうか。


「だからそのままの意味だって。『英雄』くんって本当に――まあ、いいや」


 そう言いながら、主宰はまた白いジャケットの内ポケットから煙草を取り出しマッチで火をつけ吸う。


「『英雄』くん。この世界で、この世で、最強の剣ってなんだと思う?」


「うーんと、エクスカリバー」


「『英雄』くん、本当に博識だね。先程の侍魂のときもそうだけれども。そんな話ついていけるのは僕くらいだよ」


 エクスカリバーと、主宰には決して伝わらないと、この世界には伝わらないとそう思っていたのだけれども――伝わった。それも僕にしか分からない、そういうような意味の文言を付け加えて。そもそもエクスカリバーってなんだ?知らず知らずのうちに発言してはいたけれど、発言後には自らが言ったことについての意味が分からない。


「でも『英雄』くん、自分でさエクスカリバー――最強の剣を、その剣が持つ力最大限を、使いこなすことができる――そう断言できるかな?」


 エクスカリバー――最強の剣。

 アーサー王が手にしていた――最強の剣。


 情報が勝手に補完されていく。


「誰も断言できない、誰も使いこなすことができないんだよ。――だからね」


 主宰はそう言い終わると同時に、僕と面と向かって向き合う体制へと体を移動させる。

 そして、


「――!?」


 僕の口を無理やりこじ開け、主宰は自らの右手を僕の口内へと入れた。それも英雄凱旋中にだ。


「『英雄』くん、剣状突起って知ってる?」


 と今自らが起こしている行動など悪びれる様子をなく。


 ――剣状突起。

 肋骨に付随する部位――軟骨の一部。


「ふあい」


 と舌っ足らずな声を上げる僕。


「その役割は?」


 ――剣状突起の役割?


「確固たる重要な役割はないよね?じゃあ、なんで人間はこんな不必要な部位を持っているんだろう?」


 僕は首を横に振った。


「これは僕の仮説だけど、この日のためだと思うんだよね」


 そう言った刹那。


 僕の声帯に、歯に、唇に――激痛が走った。それと同時に引き起こる吐き気。

 

 悲鳴を上げたい、だけれども――悲鳴が上がられない。


 声を上げたい、だけれども――声があげられない。


 ――そうか。


 声帯が崩壊したのか。


 だからか。


「少し痛かったかな?」


 主宰は僕の――剣状突起を持ってそう言った。


 そして僕は――それを聞いた直後、気を失った。




   ■■■




 目覚めると僕は白い空間にいた。見渡しても、見渡しても、白い空間。唯一、白くないものを挙げるなら、僕の眼前の黒髪のポニーテールをした少女。少女は異色な黒一色のロリータ・ファッションを着ていた。


「ねえ、覚えてない?」少女は開口一番に言った。


 僕の脳内に強い既視感が残存しているが……思い出せない。


「孤独」と少女。


 ――孤独?


 そうか、思い出した。


 あの黒い空間。この白い空間とは全く正反対の黒い空間で出会った――あの少女。


 ――私は孤独が嫌いなの。


 でも。


 ――でも私には孤独が足りないの。


 そう言っていたあの少女。

 そう言って涙を流していたあの少女。


 忘れるはずがない。

 今まで忘れていたことが滑稽なくらい、忘れるはずがない。


 だって。

 僕が他者に対して涙を流して同情したのは――あれが最初だったのだから。


 忘れるはずがないのだ。

 忘れてはならないのだ。


「……嬉しい。覚えていてくれて」


 と少女は上目遣いで僕に視線を浴びせた。そして、また視線を白い地面へと戻した。



「あなたの剣になってあげてもいいわよ」



 僕は少女の赤らめた頬が薄っすらと浮かぶ空間を後に残し、まるで睡魔に襲われたかのように、瞼を閉じた。




   ■■■




 瞼を開くと目の前に広がっていたのは――赤みを帯びた空だった。空は群青色によって所々色濃く彩られ、その上から薄い赤色でコーティングされていた。夕日だろう、僕はそう思った。


 身体が微かに揺れていることを僕は不審に思い、手を後ろに付き、上体を起こした。僕は相変わらず馬車の上に乗ったままだった。唯一変わったことはそこには先程までいたはずの主宰がいないということ。もしかしたら、白い空間の中で少女と過ごしていた時間分、もしくはそれ以上、現実でも時が進んでいて、その場で待ちきれなかった主宰はどこかに場所を移動しているかもしれない。僕のことを待っているか否かは不確かだが。むしろ憲兵に追われようとするやいなや、僕を真っ先に置いて逃げ出した過去があるのだから待っていない可能性が断然高いだろう。


「やっとお目覚めかい?『英雄』くん」


 主宰は馬車から頭だけ窓から出し、そう言った。


「馬車の上は男のロマン、とか言ってませんでしたっけ?」僕はそう聞いた。


「言ってないよ、そんな戯言はね。『英雄』くん」主宰は細目にして優しく微笑み「興奮する、とは言ったかもしれないね」


 対して言葉のニュアンスは変わらない、殆ど同義だ。


「それはさておき」主宰は言った。「ずいぶんと遅かったじゃないか。寒くて思わずその興奮を投げ出してまで車内に逃げ込んだくらいだよ」


「それほど、時間が進んでいたんですか?」


 体感的には体が冷えてしまうほど、長い時間だとは思わなかったけれど。やはり現実との時間の進み具合があの空間とでは違うのか。


「十五分くらい、かな。体感的にだけど」


 最初から待つ気はなかったのだろう――僕はそう悟った。


「もしかして、『英雄』くん。目覚めてとき一人ぼっちだったから寂しくなっちゃった?」


「違います」


 主宰は快活に笑った。「良かった、良かった。今ここでお世辞にも肯定していたら――君を斬っていたところだよ」主宰は言う。「君の再生するよりも早く斬って斬っての単純行動でね」


 僕は怖いと単純にそう思った。


 主宰はその場を取り繕うように「通常はね、三分程度なんだよ、『英雄』くん」そう言葉を紡いだ。


「通常の五倍」僕は呟いた。


「そう。白い空間からその中心に置いてある長刀を取って返ってくるだけ。なのに君はその行動に十五分を時間を要した。時間は有限にも関わらず」主宰は続ける。「怒っているわけでは決してないよ。ただ僕の個人的な好奇心で今から質問しようと思う。どういうことなんだろう、『英雄』くん」


「少女と話していました」僕はそう言った。


「――少女?」


 その刹那――、


「主宰」この馬車を操作している主宰の部下が言葉を発した。


「――そうか。もう着くか」



 僕は主宰が一瞬表情が崩れたのを見逃さなかった。




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