第3話 胸を揉んでいるのは僕のせいじゃなくて右腕の思春期のせいなんです
僕はやっと自分が『英雄』だと自負できるような能力を手にすることができ、僕は心底安堵していた。
これで僕は生きられる。
これで僕は生き延びることができる、と。
まあ、こんな気味の悪い能力でもあるだけましだ。
だが、一つ問題がある。その問題というのは、再生した、復元した僕の右腕が思う通りに動かないというもの。僕の右腕は一人でに僕の意思とは関係なく動いているというもの。そういったことから逆説的に僕の右腕はちゃんと生きている、ということが判明したのだが――僕の右腕はちゃんと生き過ぎているのだ。
生まれた間のないにも関わらず、自律してしまっている。反抗期もなしに、いや反抗期はないのだが、僕の右腕は、性への、異性への興味というか性的好奇心はしっかりと有しているようだった。
そう感じたのはもちろん決して僕の右腕と会話して気づいたのではなく――彼はきちんと行動してみせたのだ。この親である僕に。
――リンの胸を触る、という犯罪行為で。
これは僕がリンの豊満な胸(触ってみると分かったのだが着痩せするタイプの女性らしい)を触りたがったがための言い訳ではなく、本当に僕との意思に反して動いてしまっているのだ。
その犯罪行為を行った刹那、リンは脇に差してあった短剣二本を瞬時に無表情で取り出し、生き延びる権利を失いそうになってしまったが、僕の右腕が無意識に動いて、独りでに行動してしまっているとの旨を報告し、事なきを得た。
報告後、僕はリンの胸から自らの右腕を払おうと心もみたが、どうやら僕の右腕は意思が硬いようだった。――僕の意思より。
しばらくの間、その僕と僕の右腕とのやりとり、本当に必死なやりとりを繰り広げていたが――呆れ顔で尚且つ苦笑気味の主宰の「時間の無駄」との一言で諦めることになってしまった。
よって僕は憲兵から逃げている――リンの胸を右手に触りながら。
だから僕は。
「本当にすいません。本当に」
と言うしかないのだ。しつこいと思われるかもしれないが、しょうがない。僕には僕の右腕の犯した重い重い罪を保護者らしく謝り続けることが義理なのだから。
「本当にすいません。本当にすいません。本当にすいません。本当に――」
「うるさい」
どうやら連呼しすぎてしまったようだ。
「君の故意ではないと理解している。だからこれ以上謝るな」とリンはいつも通りの声のトーンでそう言った。
リンとのやりとりを終え、僕は辺りを見渡した。
街並みは――大通りに均等に並べられたガス灯と、憲兵が何人もの命を落としたのを知らずに賑やかな市場を歩く人々、大通りの両端にある果物屋や宿場やバーといった店々、そして大通りのずっと先にある小高い山にそびえ立つ大きな石で作られたような物騒ながら美しい城。さながら中世ヨーロッパのようだった。
「着いたぞ」と言い、名無しは路地裏の地面上の丸い円盤のようなものを開けた。
そこには相当な暗闇のためはっきりとは見えないが、はしごがあり、地下へと下ることができる構造になっているようだった。
その暗闇へと、名無しそして主宰という順番で降りてゆく男性陣。
残るは僕とリン。
この流れからすると男性である僕が行くべきかもしれないが……。ここはレディーファーストだろう。ただでさえ僕はリンに対し、大変失礼なことをしてしまっている――僕の右腕が現在進行形で。だから気を使う――それが道義であり人としての最低限のマナー。
「リンさん、お先どうぞ」といつもより明るく見えるよう声のトーンを少し高くして言った。
これで少しは関係が修復されるだろう――とそう願って。
そしてリンはいつも通り無表情で言う。
「胸を揉まれた状態で?」
■■■
「では定例会議を始める」
俺は雑談ばかりが飛び交う耄碌な爺どもに向かって言葉をいつも通り投げつけた。あくまでも感情を押し殺して。冷静に議長らしく、協会長らしく、振る舞うために。
円卓を中心に堂々と高価な椅子へと腰掛ける老人ども。どれも奇抜な色合いの衣服に派手な宝石の装飾品。
それにしても、何度見ても呆れた光景である。王国の書庫にあった古い書物にあった格言――豚に真珠、とはこういうことだ。
俺は思わず苦笑した。これを同様の経験を父親がしていたのかと思うと、思わず笑みが溢れる。
でもそれも――今年で終わり。
でもそれも――今日で終わり。
「どうせ、今回も同じ議題でしょう?協会内を結束をこれまで以上に高め……でしょう?時間の無駄なんだよ」
そのやじに、笑う爺。彼らが笑っているのも、ここにいるのも、その地位でいられるのも全て――王国のおかげであるのに。
さあ、開口しよう。
「今回の議題は――」
さあ、歴史を変えよう。
さあ、腐った現状を変えよう。
――これからは、俺たちの時代だ。
「黒の魔女、召喚計画についてだ」
またしても笑いだす老人ども。
そうやって笑っていればいい。
そうやって今の現状に甘えていればいい。
俺が――変えるまで。
「また、この計画に加担しない者は販売独占権を放棄せよ」
言い終わると、静まる空間に俺は笑みを投げつけた。
「――これは次期国王リアルの命である」




